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竹本京枝 たけもと きょうし

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

竹本京枝 たけもと-きょうし

1845-? 明治時代の浄瑠璃(じょうるり)太夫。
弘化(こうか)2年生まれ。4代竹本土佐太夫,花沢栄二に師事し,名古屋で活動。明治16年東京にでて浅草の寄席で好評をえる。名古屋女義太夫中興の祖といわれる。大坂出身。本名は井元きやう。

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

竹本京枝

没年:没年不詳(没年不詳)
生年:弘化3頃(1846)
明治時代に活躍した女義太夫の太夫。本名きゃう。名古屋生まれ。4代目竹本土佐太夫,花沢栄二に師事し,名古屋を拠点に活動。明治16(1883)年(15年とも)上京し,浅草の寄席で看板をあげ,好評を博す。名古屋の女義太夫中興の祖であり,東京における娘義太夫全盛期の下地を築いたといわれる。

(田中悠美子)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の竹本京枝の言及

【女義太夫】より

…しかし1837年(天保8)には,《娘浄瑠璃芸品定》という評判記が出版されるほどもてはやされたので,天保改革(1841)では弾圧を受け,36人が投獄された。明治の東京では素(す)浄瑠璃の形式で大流行するが,その基礎を作ったのは,82年に名古屋から再度上京した竹本京枝と,大阪で盛名をはせていた竹本東玉の東上(1885)である。やがて竹本綾之助や竹本住之助らの出現で女義太夫の隆盛を迎え,青壮年層を魅了し,客席からひいきの女義太夫に〈どうする,どうする〉と口拍子をかける熱狂的ファン・グループの〈どうする連〉を輩出させる。…

※「竹本京枝」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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