竹瀬村(読み)たけのせむら

日本歴史地名大系 「竹瀬村」の解説

竹瀬村
たけのせむら

[現在地名]藍住町富吉とみよし

成瀬なるせ村の西にあり、北西隅を吉野川(現旧吉野川)北東へ流れる。西は川端かわばた新田(現板野町)と接する平坦な藍作地帯。天正一七年(一五八九)一二月四日の板東郡竹瀬村検地帳(木内家文書)によれば反別二二町二反余・高一五二石余。慶長二年(一五九七)の分限帳には竹瀬とあり、一五三石余が吉浦理右衛門堪忍分。正保国絵図では高一五二石余、寛文四年(一六六四)郷村高辻帳によればこの高すべてが畠方で、水損と注記される。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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