日本歴史地名大系 「竹生町」の解説
竹生町
たけおちよう
延宝年間(一六七三―八一)の衣下町の図によると、挙母町の最も北にあり、美濃の
寛延二年本多氏から内藤氏への所替引継文書(七州城沿革小史)のなかに「竹生町林釜洞鴻巣内山高根五ケ所川原藪挙母町根川ヨリ山回リ三人此給銭壱人ニ付十貫文宛遣候」とあるのは、挙母と
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
延宝年間(一六七三―八一)の衣下町の図によると、挙母町の最も北にあり、美濃の
寛延二年本多氏から内藤氏への所替引継文書(七州城沿革小史)のなかに「竹生町林釜洞鴻巣内山高根五ケ所川原藪挙母町根川ヨリ山回リ三人此給銭壱人ニ付十貫文宛遣候」とあるのは、挙母と
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半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...