笠方(読み)かさがた

日本歴史地名大系 「笠方」の解説

笠方
かさがた

[現在地名]面河村杣野

杣野そまの村の北部にある小字。大正末期、一一集落一五〇戸あったうち約三〇戸が木地師系統の小椋おぐら姓で、とくにうめいち人行ひとぎようの二集落に集中していた。

轆轤を使って椀や盆などを作る木地師がこの地に良材を求めて入山したことは、江戸時代末期の木地師の手控である「年代鏡」(小椋克寛氏蔵)に、

<資料は省略されています>

とある。また面河村駐在所の明治初年の記録にも「中御門天皇享保元年頃より大字大味川へろくろ師入山し続いて大字杣野へ入り盆筒類を作り出し順次盛んになれり、今なほ梅ケ市には数人の木地細工師あり、明治維新前まで到る所の官山に入り自由に樹木を伐り細工をなし需要に供したるものなり」とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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