第六天村(読み)だいろくてんむら

日本歴史地名大系 「第六天村」の解説

第六天村
だいろくてんむら

[現在地名]塩川町天沼あまぬま

上遠田かみとおだ村の北に位置し、小荒井組に属した。東は塩川村の端村上江うわえ村、西はおき村。文禄三年(一五九四)の蒲生領高目録では大六天とみえ、高三九三石余。寛文六年(一六六六)の「会津風土記」に村名が載り、端村として「三江口」をあげているが、同端村は文化年中(一八〇四―一八)にはすでに廃村となっていた(新編会津風土記)。文化一五年の村日記では高四四八石余。「新編会津風土記」によると家数は二六、鎮守は第六天神社(現多賀神社)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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