熊野宮(読み)くまのぐう

日本歴史地名大系 「熊野宮」の解説

熊野宮
くまのぐう

[現在地名]青森市高田 川瀬

高田たかだ集落の南、川瀬かわせにある。祭神伊邪那岐命・伊邪那美命。旧村社。由緒によれば、文禄三年(一五九四)高田・大別内おべつない両村の産神として建立され、慶長一四年(一六〇九)高田・大別内・大谷おおたにの三ヵ村で再建した。新山宮を称したが、神仏分離の際に、神体が仏体のため末社の熊野宮を本社としたという(新撰陸奥国誌)。末社に惣染堂であった保食神と、弘化五年(一八四八)建立の疱疾神社を神仏分離で改称した久須志神がある。

熊野宮
くまのぐう

[現在地名]金木町喜良市 千苅

喜良市きらいち集落北端の千苅せんがりにあり、祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・事解男命・素盞嗚命・倉稲魂命・大己貴命・少名彦命・水波女命、旧村社。祭日旧六月一五日。安政二年(一八五五)の神社微細社司由緒調書上帳(最勝院蔵)には、四月三日神楽執行、九月三日祈祷執行とある。

同書上帳によると「建立年月不詳、天正十二年再建、喜良市村中ニ修覆仕来候」とあり、勧請年代不詳、正徳四年(一七一四)・延享元年(一七四四)・安政二年の棟札が記録されている。

熊野宮
くまのぐう

[現在地名]青森市油川

油川あぶらかわ集落中央、街道西の大浜おおはまに広い地域を占める。祭神は伊邪那岐命・伊邪那美命・事解男命・速健男命、旧郷社。祭日は八月一四日。

古くは十二所権現じゆうにしよごんげんと称し、「津軽一統志」によれば、坂上田村麻呂の建立、永禄二年(一五五九)北畠具永再興、元和九年(一六二三)二代藩主津軽信枚再興、寛文六年(一六六六)四代信政再営とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報