等覚坊(読み)とうがくぼう

日本歴史地名大系 「等覚坊」の解説

等覚坊
とうがくぼう

[現在地名]大垣市新町

徳秀とくしゆう寺の南に位置する。真宗大谷派に属し、真宝山と号する。本尊は円仁作と伝える阿弥陀如来。仁寿三年(八五三)安八あんぱちなか(現安八郡神戸町)に創建され、初め天台宗弥勒みろく寺と称したという。源超の代の応仁元年(一四六七)兵火のため焼失、源超ははやし村に閑居したが、文明五年(一四七三)蓮如に帰依し真宗に改宗(大垣市史)。「美濃明細記」は同一一年に林中はやしなか村に建立されたとする。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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