筑紫熊七(読み)つくし くましち

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「筑紫熊七」の解説

筑紫熊七 つくし-くましち

1863-1944 明治-昭和時代前期の軍人
文久3年1月生まれ。日露戦争では大本営参謀をつとめ,重砲兵監,技術本部長などを歴任し陸軍中将で退役。昭和9年満州国参議府副議長,14年平沼内閣のとき国民精神総動員中央連盟理事長となった。昭和19年1月21日死去。82歳。肥後(熊本県)出身。陸軍士官学校卒。著作に「台風に直面して」。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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