台風(読み)タイフウ

デジタル大辞泉 「台風」の意味・読み・例文・類語

たい‐ふう【台風/×颱風】

北太平洋西部の熱帯海上、北緯5~20度付近で発生し、最大風速が毎秒17.2メートル以上の熱帯低気圧。8月、9月に多い。 秋》「―の心支ふべき灯を点ず/楸邨
[補説]気象庁による台風の強さと大きさの階級区分は次の通り。

台風の強さ
階級最大風速
強い33m/s(64ノット)以上 44m/s(85ノット)未満
非常に強い44m/s(85ノット)以上 54m/s(105ノット)未満
猛烈な54m/s(105ノット)以上

台風の大きさ
階級風速15m/s以上の半径
大型(大きい)500km以上 800km未満
超大型(非常に大きい)800km以上

[類語]低気圧熱帯低気圧ハリケーン雨風波風風浪風雪風雨無風微風そよ風軟風強風突風烈風疾風はやて大風颶風暴風爆風ストームサイクロン神風砂嵐つむじ風旋風竜巻トルネード追い風順風向かい風逆風横風朝風夕風夜風春一番春風しゅんぷう春風はるかぜ花嵐薫風風薫る緑風やませ涼風すずかぜ涼風りょうふう秋風野分き木枯らし空風寒風季節風モンスーン貿易風東風ひがしかぜ東風こち西風偏西風南風みなみかぜ南風はえ凱風北風朔風松風まつかぜ松風しょうふう山風山颪谷風川風浜風潮風海風陸風熱風温風冷風

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改訂新版 世界大百科事典 「台風」の意味・わかりやすい解説

台風 (たいふう)

北太平洋西部(北半球の東経180°以西の太平洋)や南シナ海に現れる熱帯低気圧のうち,最大風速が17.2m/s以上になったものをいい,台風の強さに達しない熱帯低気圧を〈弱い熱帯低気圧〉と呼ぶ。

 台風は空気の巨大な渦である。空気は,気圧の低い中心部へ向かって反時計回りに回転しながら流れこむ。海上の高温多湿な空気は上昇気流となって上空に昇り,このとき水蒸気が凝結し巨大な積乱雲が形成され,激しい雨が降る。また,水蒸気が凝結して雲粒になるときに放出されるエネルギーは激しい暴風をつくり出し,渦を維持する。熱帯低気圧tropical cycloneとは,熱帯地方(や亜熱帯地方)で発生する低気圧である。温帯低気圧はふつう前線を伴っているが,熱帯低気圧では前線がなく,中心付近の上空では暖かいウォームコア型の構造をもつ。熱帯低気圧は北太平洋西部だけでなく他の地域でも発生し,各地でさまざまに呼ばれる。国際的には世界気象機関(WMO)で定めた名称が用いられる(表1)。

 中国では,台風のように風向の旋回する強い風系(つむじ風)を昔から〈颶風(ぐふう)〉と呼んでいたが,このような風系をアラブの航海者たちはtūfānと呼び,フランスやイギリスではそれぞれtyphon,typhoonと呼んだ。日本では,江戸時代には熱帯低気圧を中国にならって〈颶風〉と訳した文献があるが,明治の初めには〈タイフーン〉または〈大風〉とかいっていたようである。明治の末か大正初め以後は〈颱風(たいふう)〉という言葉が広く用いられるようになった。この語は17世紀の中国の文献にみられるが,その語源は,アラビア語のtūfānまたは英語のtyphoonの音訳,あるいは台湾地方に来襲する暴風を意味するもの,といった説などがあるが定かではない。日本では1946年の当用漢字の制定以降,〈台風〉と書くことになった。

 台風は,西暦年の下2けたとその年の発生順位(台風発生とみとめた日時の順)2けたの4けたの数字で呼ぶ。たとえば1959年の15番目の台風は59と15をつないで〈台風5915号〉と呼ぶ。台風情報では通常,西暦年を省略して〈台風15号〉のように呼ぶ。大きな災害をひき起こした台風には,被災地名や上陸地点名などを付した特別の名前がつけられる。たとえば伊勢湾沿岸に多くの被害を与えた5915号は〈伊勢湾台風〉,青函連絡船洞爺丸を沈没させた5415号は〈洞爺丸台風〉と名づけられた。アメリカ軍は太平洋において第2次大戦中より,台風にアルファベット順の女性名をつけて呼ぶようになった。日本でも1947年から52年まではそのように呼ばれた。47年のカスリン台風,50年のジェーン台風は有名である。アメリカでは79年からは男性名と女性名を交互につけている。

発達した台風における地上(海上)での気圧分布は,天気図でよくみるように中心に近い所で等圧線の間隔が非常にこんだ同心円状の分布をしている。中心付近のいわゆる台風の目の中では気圧傾度は小さい。台風内の気圧分布を表す近似式としてはPP∞-⊿p/(1+r/r0αがある。ここでP∞は台風中心から十分離れた所の気圧,⊿pは十分離れた所と中心気圧の差,rは台風中心からの距離,r0は台風の大きさに関するもの,αは0.5~1の値がよく用いられる。地上や大気下層では中心に近いほど気圧は低いが,対流圏上層(高さ10~15km)での気圧は中心から100~数百km離れた所が最も高くなっている。

地表付近での風は温帯低気圧と同じように反時計回りに回転しながら吹きこんでいる(南半球の熱帯低気圧では時計回りである)。たとえば台風の北側では北東~東北東の風,東側では南東~南南東の風である。したがって風を背にしたとき左手前方が台風中心の方向である(ボイス・バロットの法則)。台風が近くを通過するときには,西側を通るか東側を通るかによって風向の変化の仕方が異なる。たとえば北東進している台風が北西側を通過するときには,風向は南東→南→南西の風というように時計回りに変化し,南東側を通過するときには反時計回りに北東→北→北西の風のように変化する。

 風の強さ(風速)は台風の中心(目の中)で弱く,中心から20~100kmくらい離れた所で最も強い。それより外側の風速分布はrαrは台風中心からの距離)の形に書くとき,αの値はrの増大とともに0.5から1.0くらいの値をとる。最大風速は中心気圧に強く依存するが台風の大きさにも依存し,中心気圧が同じでも小さな台風ではより強い風が吹く。これは,風の強さが気圧傾度と密接な関係をもっているからである。台風に伴う地表付近の風は,気圧傾度力,遠心力,コリオリの力(転向力),摩擦力がほぼつりあった状態で実現している。後の3者の力の大きさは風速に依存するので,風速は気圧傾度と密接に関係するわけである。ふつうの大きさの台風では,中心気圧950hPaの台風の最大風速は40~50m/s程度である。強い台風では60m/sをこえることも多い。移動している台風では,進行方向に向かって台風中心の右側の方が左側より風が強い(右側を危険半円,左側を可航半円と呼ぶこともあった)。移動速度が大きいほど左右の非対称は大きくなる。

 台風内の風は高さ1kmくらいの所が最も強く,その上方では弱くなるが,高さ5kmくらいまでは風速差はそれほど大きくない。さらに上空の風についてみると,高さ10~15kmの対流圏上部では,台風中心から100~数百km以内の空気は反時計回りに回転しながら吹き出し,それより外域では逆に時計回りに回転しながら吹き出す。高さ2~8kmくらいの層では吹きこみや吹き出しは弱く,反時計回りに回転している。

台風の中心付近の上空では周辺に比べ温度が高くなっている。地上気圧は上空の温度と密接に関係しているので強い台風ほど温度が高く,周囲より10~15℃も高くなっている。このような温度場の特徴はウォームコア(温暖核)型構造と呼ばれ,台風の重要な性質である。ウォームコアは高さ8~10kmで最も顕著である。地表付近やあまり高くない所でははっきりしないこともあるが,強い台風の目の中では下層でも著しく高温になっていることが多い。その結果,高さ1~3kmの層で上ほど温度が高い状態(温度の逆転)さえ起こる。

 台風中心からある程度離れた地表から高さ1kmくらいの所では,幾分温度の低い所がある。これは台風の降雨帯に対応しており,雨の蒸発による冷却のためと考えられる。高さ約15km以上の圏界面から成層圏下部でも,台風中心から少し離れた所で冷却域があるが,これは雲の中を上昇した空気が上方の安定な成層に入りこむためである。

図1は気象衛星からみた十分に発達した台風である。灰白色にみえる雲のかたまりは直径1000kmくらい,その中心付近にくぼんだようにみえる黒みがかった所が台風の目と呼ばれる雲の少ない部分である。目の周囲の比較的一様にみえる灰色の部分は上層雲(絹雲など)で,この下には目の壁雲と呼ばれる巨大な積乱雲の群れが目を取り巻いている。目の壁雲の外にも積乱雲の群れがあり,これらはらせん状に巻きこむ形で入りこんでいる。これは〈らせん状の降雨帯〉の雲である。図2は気象レーダーで台風の雨滴のエコー(電波の反射)を観測したもので,目を取り巻く壁雲に対応するエコーやそのまわりにらせん状をしたいくつかのエコー(らせん状の降雨帯のエコー)がみられる。

 目の壁雲は多くの積乱雲から成り立っているが,個々の積乱雲,それに伴う降水エコーは反時計回りの強い風に流されて回っている。個々の雲やエコーの寿命は数十分から1時間くらいで,消滅しては新しいものと入れかわっている。らせん状の降雨帯も多くの積乱雲から成り立っている。やはり個々の雲の寿命は数十分から1時間くらいで短く,新しいものが次から次へと発生している。個々のエコーは反時計回りの風で流されて回転するが,エコーが降雨帯の風下で消滅し風上で発生するために,降雨帯そのものはあまり回転することなく台風中心に相対的に同じ方向にとどまっていることも多い。降雨帯の寿命は数時間以上1日程度であるが,新しい降雨帯が次々に発生していく。

 台風内の雲の鉛直断面の模式図を図3に示す。目の壁雲は数十kmの幅をもち,高さ15kmまたはそれ以上にも達している。雲の中では毎秒数mから十数mの強い上昇気流がある。上昇した空気は上層(主として12~15km)で外の方へ吹き出すが,それによって雲粒も外の方へ運ばれ,上層雲(絹雲や絹層雲)の天蓋を形成しており,半径数百kmの大きさをもっている。目の壁雲の内側の目の中には背の低い積雲や層積雲があり,層状の雲がかかっていることもある。目の壁雲の外にはいくつかのらせん状の雲がある。帯状にはならずに孤立した雲群の形をとっているものもある。下層で台風の外域から入ってくる空気の一部はこれらの雲の中を上昇している。一般に目の壁雲に比べて背が低く,上層での吹き出しの高さもあまり高くない。雲頂は雲の発達,衰弱に応じて時間的に変動している。雲や雨はけっしてランダムにもあるいは一様にも分布しているのではなく,ある程度組織化されている点が重要な特徴である。

弱い熱帯低気圧の時期ではふつう明瞭な目(眼とも書いた)はみられないが,台風の発生後,とくにやや発達してくると目がはっきりしてくる。半径は10~数十kmである。目ができるころ,中心気圧は急速な降下を始める。発達期には目の大きさは縮小する傾向がある。最も小さくなった状態では半径10~20kmくらいのことが多い。目の中では平均的には下降気流があって空気は乾燥し温度が高くなっており,背の低い積雲(高さ3kmくらいかそれ以下)などが存在している。台風が最盛期をすぎると目は大きくなりはじめる。また台風が上陸したような場合には目は不明瞭になることが多い。目の形は円形(ときには楕円形)であるといわれてきたが,強い台風では五角形や六角形(あるいは四角形)のほうがむしろふつうではないかという報告もある。

 目の形成の説明においては,気圧傾度力,遠心力,コリオリの力,摩擦力の大きさが問題となる。外から入ってくる空気は,これらの力の和が台風中心の方へ向かっている所では加速されるが,やがて遠心力などの外向きの力の増大によって減速する。空気が台風の中心付近にまで達することができないとき,目が形成されることになる。台風中心から少し離れた所で上昇する空気は目の壁雲をつくる。目の形成において遠心力は重要であるが,気圧傾度力,遠心力,コリオリの力のつりあいをこわし台風中心から少し離れた所に多くの空気を集めて上昇させるメカニズムを理解することが目の形成の説明において重要である。大気と海面(地面)との間の摩擦は,このような力のつりあいをこわして外の空気を台風中心の方へ流入させ上昇させるのに重要な役割を果たしている。このような地表摩擦の役割は,熱帯低気圧がある程度強くなったときに現れるので,弱い熱帯低気圧では目ははっきりしない。台風の目の形成の説明においては,遠心力だけでなく地表摩擦の役割が考慮されなければならない。もし地表摩擦が存在しなければ目はできないし,台風のような強い渦もできない。

台風のエネルギー源は水蒸気が凝結して雲粒ができるときに放出される潜熱(1gについて約600cal)である。しかしこの潜熱は直接的には積乱雲や積雲などの対流のエネルギー源になっている。多くの対流雲ができると大気を暖め,これが台風のエネルギーのもとになる。したがって台風のエネルギー源は積乱雲などの対流雲が放出する熱であるというほうが適当かもしれない。対流の放出する熱は位置エネルギーとなる。その生成量はふつうの強さの台風で1日当り5×1019Jくらいである。台風では目を除けば暖かい所で上昇し周囲で下降する循環が維持されているが,このような直接循環の系では全位置エネルギーから運動エネルギーへの変換が起こる。生成された位置エネルギーのうち数%(1日当り1018Jくらい)が運動エネルギーに変換される。これが台風内の風を強めるのに寄与している。一方,運動エネルギーは海面との間の摩擦や内部摩擦によって消耗されるが,発達中や最盛期の台風では消耗される量より生成量のほうが大きい。

 台風が衰弱するのは,吹きこむ空気の温度が低くなったり水蒸気量が少なくなったりして(つまりエネルギーの供給が少なくなり),強い対流雲を維持できなくなったとき,すなわち位置エネルギーの生成量が減少するため運動エネルギーの生成量も減少し,消費される運動エネルギーを補給できなくなったときである。台風が北上すると海面温度は低くなり,温帯地方に近づくと北からの冷たい空気が流入するようになり,エネルギーの供給が少なくなる。台風が上陸すると水蒸気の補給が減少し,さらに地面との摩擦は海面に比べ大きいため,運動エネルギーを急速に失う(風が弱まる)。

熱帯低気圧の発生地域日本でいう台風に相当する熱帯低気圧(風速17m/s以上)の発生地点を図4に示す。年平均では80~100個発生し,そのうち30%くらい(約27個)が北太平洋西部で発生する台風である。ついで,北太平洋東部のメキシコ沖で十数%である。大西洋やカリブ海の海域,南インド洋域,ベンガル湾やアラビア海からインド洋北部にかけての海域,オーストラリアの北西海上域,オーストラリアの北東海上から南太平洋西部にかけての海域がそれぞれ10%程度である。北太平洋中部や南太平洋東部,南大西洋では発生しない。

 熱帯低気圧の発生を季節別にみると,北半球では7~9月,南半球では1~3月に多い。すなわち夏から初秋にかけて多い。また,発生する緯度は図5に示すように夏のほうが高い。

温帯地方と比較して台風が発生する熱帯地方は次の特徴をもつ。(1)南北の温度傾度が小さく,水平的には比較的一様な温度分布になっている。(2)背の高い積乱雲を形成しやすい状態にある。つまり地表付近の空気は多くの水蒸気を含んでおり,また気温の鉛直分布が条件付き不安定な温度分布になっているので,上昇を始めた空気塊は水蒸気の凝結によって潜熱を放出し周囲の空気より暖かくなり,浮力によって上昇しつづけて背の高い積乱雲を形成する。(1)の性質は,温帯地方における傾圧不安定(南北の強い温度傾度のために生ずる大気の不安定)による温帯低気圧の発生のメカニズムが熱帯地方には存在しにくいことを意味する。(2)の性質は温帯地方でも存在するが,その度合は熱帯のほうがはるかに強い。これは台風の発生のための第1の必要条件である。海面からの蒸発や顕熱の供給により大気下層の空気が多くの水蒸気を含んでいてかつ温度が高いことは,積乱雲の活動に都合のよい条件である。海面温度が高いほど海面からの蒸発もさかんである。台風の発生の条件として26~27℃以上の海域であることが古くから指摘されている。南太平洋東部で熱帯低気圧の発生がないのは海面温度が低いためもあろう。海面温度は季節的にも変化するが,夏から秋にかけて台風の発生が多いのも海面温度に関係している。

 積乱雲群が形成されそれが維持されていくためには,大気の大規模な流れがそれに都合のよい状態になっている必要がある。これが第2の条件である。たとえば北半球の北東貿易風と南半球からの南東貿易風や南西季節風がぶつかる所,いわゆる熱帯収束帯(ITCZ)では上昇流によって積乱雲が形成されやすい。収束帯付近から少し北の偏東風域でも台風は発生するが,ここではもう少しスケールの小さな風の収束が重要であるかもしれない。南大西洋の夏は海面温度が高いが,熱帯収束帯は北大西洋にあって南大西洋は高気圧の下降域にあたっているため,強い熱帯低気圧が発生しないようである。北太平洋西部の台風の発生しやすい緯度が季節変化をするのは,熱帯収束帯の位置の季節変化と関係している。

 台風の発生の第3の条件は,コリオリの力が働く緯度であることで,これは必要条件である。コリオリの力の大きさは,コリオリ因子をf,風速をvとするとfvで表され,方向は風の方向に向かって右向き(たとえば北に向かう空気では東向き)である。台風の中心に向かう空気にコリオリの力が働くと反時計回りの回転成分(低気圧性の渦)をつくり出す。コリオリ因子fは,地球自転の角速度をΩ,緯度をφとすると,2Ωsinφで表される。赤道付近(φ≒0)ではコリオリの力が働かないために渦が形成されにくい。

 第4の条件は,大規模な風が高さによってあまり異なっていないこと(鉛直シアーが小さいこと)である。風があまりに違うと,積乱雲によってつくられる対流圏上部の昇温は,下層とは大きく異なる上層の風に流されてしまって,台風でみられる顕著なウォームコア型構造をつくることができない。地上気圧は上方の温度分布に強く依存するから,シアーによって暖域が大きく傾けば地上気圧はあまり低くなれない。発生前は軸が傾いていても,発達する台風ではやがてほぼ鉛直になる。

何らかの原因(主として大気の大規模な流れに伴う上昇流)によって積乱雲や積雲ができる。これら対流雲が多くまとまってできた領域では,雲のあまりできていない周囲の領域に比べて温度が高くなり密度が小さくなって,下層で気圧が降下する。下層では気圧の水平傾度によって周囲からの空気の流入が増大する。流入する空気が十分に暖かく多くの水蒸気を含んでいれば対流雲が次から次へと発生する。個々の対流雲の寿命は数十分から1時間くらいであり,台風の寿命に比べてはるかに小さい。対流雲の持続的発生は台風の発生・発達の必要条件である。

 下層で吹きこむ空気は,コリオリの力のために北半球では反時計回りの回転成分をもつようになる。すなわち対流雲が持続して外からの吹きこみが持続することによって渦が強まっていく。これが台風の発生・発達である。ただし渦の強まりと気圧傾度の増大とは傾度風平衡(気圧傾度力,コリオリの力,遠心力のつりあい)をほぼ満たしながら起こっている。

 下層で吹きこんだ空気は対流雲中を上昇し上層で吹き出す。地表付近を除くと,空気の絶対角運動量はほぼ保存されるので,下層で反時計回り(北半球で)に回転している空気が上昇すると上層でも反時計回りの回転が維持される。しかし台風の中心からある程度離れると時計回りの回転に変わる。このことは絶対角運動量の保存から理解できる。絶対角運動量は,コリオリ因子をf,台風中心からの距離をr,風速の回転成分をv(反時計回りを正)とするとfr2/2+rvで定義される。この量が保存されるためにはrが大きくなるときvは負にならなくてはいけない。したがって,台風中心から,ある程度離れた上層では時計回り(v<0)の回転になる。

 このようにして,台風の目の部分を除き,空気は暖かい所で上昇し台風の周囲で下降する循環が形成され,渦が維持される。

発生したばかりの台風の中心気圧は1000hPa程度である。発生後,ふつうは西ないし北西方向に移動しながら発達するが,発生後1~7日後に最も強い状態,いわゆる最盛期をむかえる。900hPa以下になる台風は全体の5%くらい,年平均で1個あまりである。また,中心気圧900~929hPaになる台風は年4~5個である。950hPa以下にまで発達する台風と950hPa以下にならない台風とがほぼ同数である。転向する台風では,転向後に最も強くなることは少なく,最低気圧は転向前に実現することが多い。中心気圧が900hPa以下というのは,台風が北緯15°~25°の海上にあるときにほぼ限られている。これまでの最低気圧の記録は7920号(1979年10月12日)の870hPaで,7315号(1973年10月6日)の875hPaがこれに次ぐ。日本で観測された気圧の最低記録は7709号(沖永良部台風)の907.3hPa(沖永良部島)で,次いで5914号(宮古島台風)の908.4hPa(宮古島)である。900hPa以下の台風でも北緯25°くらいまで北上すると弱まって900hPa以上になってしまう。日本の本土では室戸台風(1934年9月)のときの911.9hPa(室戸岬)が最低記録である。

 台風情報では,台風の強さの目安として中心気圧と中心付近の最大風速を,また台風の大きさの目安として風速25m/s以上の暴風域の大きさと15m/s以上の強風域の大きさを知らせている。このほかに,たとえば〈大型で並の強さの台風〉というようにその大きさと強さで表現することが多い。ふつう,大きさは風速15m/s以上の半径で,強さは最大風速で段級分けしている(表2)。

台風は第1近似としては,台風のまわりの大規模な風(一般流と呼ぶ)によって流される。このほかにコリオリ因子が緯度によって異なる効果(ベータ効果)によって,台風は北西~北北西の方向に毎時数kmで移動する性質がある。低緯度では一般流は弱いのでこの効果は無視できない。熱帯収束帯で発生した台風は,その北側の偏東風(太平洋高気圧の南西側の東寄りの風)によって西の方に流されるが,ベータ効果も働いて北向きの移動成分をもち熱帯収束帯から離れていく。

 台風の経路は太平洋高気圧に伴う大規模な風の流れや中緯度の偏西風(上空で吹いている西寄りの風)に大きく左右されている。転向する台風の経路は太平洋高気圧の位置や勢力に強く依存し,7月に最も西寄りのコースをとる(図6参照)。台風が転向しないで台湾や中国大陸の方面に向かうかどうかはやはり高気圧の勢力による。中緯度を東進してくる気圧の谷がある程度深いと,台風はこの気圧の谷の東側の南寄りの風にのって北上して転向,その後は偏西風の影響を強く受けて北東進する。8月に迷走台風が多いのは一般流が弱いためであるが,台風と高気圧,あるいは他の台風や低気圧と相互作用をして複雑な動きをすることもある。たとえば二つの台風が接近するとある点を中心として反時計回りの回転をする(藤原効果)ことがあるが,これはお互いに他の台風によって流されるためである。台風はしばしば蛇行をするが,その例としてはトロコイド運動と呼ばれるものがあり,数時間ないし6時間の周期をもっている。台風自身がかなり非対称であるときに起こりやすいようである。

台風の代表的な月別の経路を図6に示す。台風の発生地点は同じ月でもいろいろであるし,発生地点が同じでもその経路に大きな差があったりして,個々の台風についてはこの図と大きく異なっていることが多い。また迷走台風と呼ばれて複雑な移動をしたり異常経路をとる台風もある。

 6月の台風は北緯10°~18°で発生して西北西に進むが,北緯20°~25°で転向する台風が半分以上ある。そのうち大部分は日本の南海上を北東進し,本土に直接大きな影響を与えることは少ないが梅雨前線を活発にすることもある。転向しないでフィリピン付近を西北西進する台風も多い。7月では台湾の東方海上やフィリピンの東方海上を通る台風が多く,そのまま中国大陸の方に向かうものと東シナ海を北上する台風とに分かれる。日本に近づく台風はあまり多くない。8月の台風の経路は最も変動が大きい。これは一般流が弱いためである。日本のはるか南方海上で発生して西日本に上陸または接近する型,日本の東海上へそれる型のほかに,図には示していないが7月や9月と同様に転向しないで台湾方面へ向かう型などが代表的であるが,さきに述べたように異常経路をとる台風も多い。9月になると西日本よりは東日本に上陸または接近する傾向が強くなる。日本のはるか南方海上で発生した台風は日本に近づくか台湾方面に向かう。比較的東の方で発生する台風は日本の南東海上を北上または北東進するものが多い。7月から9月における台風の転向は比較的高い緯度(北緯25°~30°)で起こることが多く,北緯30°より北で転向する台風も少なくない。10月になると北緯20°~25°で転向して日本の南東海上を北東進するものが多い。11月になると転向する台風の割合は10月より少なくなり,転向の緯度も低くなる。

 日本の本土に上陸した台風の数は1951-80年の年平均では3個である。そのうち8月と9月に平均して1個ずつ上陸している(表3)。8月は西日本で多く,9月には四国以東の太平洋岸に上陸して近畿以東から東日本を通るものが多い。発生数と同様に年による変動があるが,11個上陸した50年は異常な年(8月に小さな台風が多数発生した年)で,通常は多くて5個,平均3個である。

台風のコンピューターシミュレーションは1960年ころから行われるようになった。大気を格子点でおおい,各格子点での風や気圧,温度などの物理量の値の時間変化を,流体力学や熱力学の方程式とコンピューターを使って求めていく。このような方法によって弱い渦が強い台風へと成長していくようす,風の強さや雨域の分布,台風の移動のようすなど,実際の台風の特徴をシミュレート(再現)するわけである。これによって,たとえば海面の温度や大気の状態が台風のふるまいにどのように影響を与えているかといった台風のメカニズムを理解でき,台風の数値予報の精度を向上させることができる。

 台風をシミュレートすることができるためには,台風を支配する方程式(物理法則)がわかっていなければならない。運動方程式,熱力学の第1法則,質量の保存則などが基本方程式であるが,そのほかに台風では重要な水蒸気量に関する式や水蒸気の凝結,蒸発なども考慮しなければならない。海面から大気に与えられる顕熱や潜熱の量も問題となる。大気と海面(地面)との間の摩擦も重要である。しかし最も難しい問題は,コンピューターの制約(容量や演算速度)などの理由から,台風にとって最も重要な積乱雲などの対流雲のふるまいを計算できないことにある。個々の積乱雲の水平の大きさはせいぜい数kmであるので,積乱雲を表現するにはたとえば格子間隔1kmくらいの密な格子を用いなくてはならないが,これでは演算時間がかかりすぎて実用にならない。したがって5~数十kmの格子を用いて計算する。この場合,台風のエネルギー源を提供する積乱雲の放出する熱は何らかの方法で組み入れなくてはならない。どのように仮定するかが最大の問題点で,これは対流のパラメタリゼーションの問題と呼ばれ,台風の研究における重要なテーマの一つとなっている。台風のシミュレーションが成功するかどうかはパラメタリゼーションの妥当性に強く依存する。

 対流雲によって放出される熱は境界層(地表摩擦の影響を受ける大気の層をいい,高さ約1km以下)における地表摩擦による空気の収束によって強くコントロールされるという考え方が1963年ころに出され,これを用いたシミュレーションは台風の多くの特徴をうまく再現することに成功した。地表摩擦の存在は,傾度風平衡をくずし空気を台風の中心の方へ流入させる役割を果たす。流入する空気が暖かく十分に多くの水蒸気を含んでいれば,対流雲を次から次へとつくり台風を発達させる。このように,台風という大きなスケールの循環が対流雲に水蒸気という形でエネルギーを提供し,一方,対流雲の放出する熱は台風循環のエネルギー源となる。こうした対流との相互作用によって台風が発達するという不安定性は第2種条件付き不安定(CISK(シスク))と呼ばれている。

 地表摩擦の存在が本質的なこのようなCISKは,台風の目の壁雲に伴う循環を説明することに成功したもので,台風の発生前の弱い渦の強まりや,台風内の目の壁雲より外にあるあまり風の強くはない所の降雨帯の雲に伴う循環を説明したものではない。これらの場合には地表摩擦は本質的ではなく,対流雲に伴う雨の蒸発の効果など従来考慮されていなかった雲物理過程が重要な役割を果たしていると考えられる。このことは1970年代半ばころより指摘され,台風の構造や発生・発達のシミュレーションでは対流雲の力学をきちんと考慮する必要性が明らかになっている。

台風の予報では,中心位置の移動(経路)のほかに,発達,衰弱,温帯低気圧化,台風に伴う雨の量や風の強さ,沿岸における高潮などが問題となる。雨や風,高潮は台風の経路,位置と密接に関係するので,台風の進路予報は最も重要な問題であるが,また最も難しい問題でもある。すでに述べたように第1近似としては台風は大規模な風によって流されるが,観測された風の場から台風に伴う風を分離して台風を流す大規模な風の場を求めるのはそれほど単純ではない。そのうえ大規模な風は場所によって一様ではなく,また高さによっても異なっているし時間的にも変化している。このような大規模な風の中での台風の移動は原理的には流体力学と熱力学の法則に従っているはずなので,これらの方程式をコンピューターを用いて解き,観測された状態から刻々と変化していくようすをみることができる。これが数値予報と呼ばれているものである。さきに述べた数値シミュレーションでは理想化された台風を扱うことによって台風のメカニズムを理解することが目的であった。これに対して数値予報では,できるだけ正確に予報できるように方程式や初期状態(観測データ)などを選ぶ必要がある。

 数値予報による台風の進路予報はまだ不十分であるが,この理由としては,(1)コンピューターには演算速度や記憶容量など制約があり,この制約の中で予報していくためには,それに適するような台風のモデル(方程式など)をつくる必要があること,(2)台風の移動のメカニズムがまだよくわかっていないので,どういう量を観測したらよいか,観測データからどういう情報を重視して初期状態をつくったらよいか,台風の移動には種々の物理過程が寄与するがそれらをどの程度きちんと方程式に組みこんだらよいのか,などの問題があることによる。台風モデルの改善,台風のメカニズムの理解は近年かなり進歩してきているので,数値予報による進路予報の改善にはある程度の期待がもてるであろう。

 台風の予報では数値予報のほかに種々の方法が開発され用いられてきている。たとえば外挿法(補外法)のように,過去12時間とか24時間の移動速度や加速度などを考慮することによってうまく予測できる場合も多いが,むしろ予報上重要なのは急加速や減速,進行方向の変化など,それまでの移動からは推測しにくいことを適切に予測できるかどうかである。台風が大規模な風で流される(ステアリング)という考えに基づく予報は過去には最もよく用いられた。観測された風(通常高さ5.5kmの風)から円対称と仮定した台風の風を取りのぞいて大規模な風の場を取り出す。この風で流される効果のほかにベータ効果を加味する。また大規模な風の場の時間変化を予測してこれを考慮する必要もある。このような方法のほかに,いろいろな経験則を考慮したり,それまでの経路が類似している過去の台風を参考にすることもあった。さらに,統計的手法を用いて,台風の現在およびそれまでの位置,速度,強さ,季節(月)などを与えれば予測できる式をつくっておいて,これを用いる方法もあった。この場合,数値予報モデルで予測された量を予測式の中に含める方法もある。現在は主として数値予報モデルでの予測に基づいて予報を出している。

 台風の進路予報は長年にわたって扇形で表示されてきたが,1982年6月より円表示(予報円表示)となった。扇形表示のときは移動速度についての誤差は表現していなかった。予報誤差の統計によると,移動方向と移動速度の誤差がだいたい同じなので,最も簡単な円表示が適当ということになった。予報円は円の中心の緯度・経度と円の半径とで表現された。

 さらに86年6月からは予報円の周囲に暴風警戒域を実線の円で表し,予報円は点線の円で表示し,予報円の中心は示さないことになった。予報円とは,その円内に台風の中心が入る確率が70%の範囲をいう。暴風警戒域とは,台風の中心が予報円内に進んだとき暴風域(平均風速でおおむね25m/s以上の風が吹いていると考えられる範囲)に入るおそれがある範囲を示す。

アメリカではハリケーンによる災害を軽減する目的で1961年から71年にかけて4回,人工変換に関する実験が行われた。ハリケーンの被害を少なくするには最大風速を弱めるのが最も効果的であると考え,目の壁雲のすぐ外の雲に飛行機からヨウ化銀をまいてその雲を成長させ,下層の空気が目の壁雲の中へ達するのをおさえることによって目の壁雲付近の風(最大風速はここで起こっている)を弱めようとするものであった。つまり,対流雲の中の過冷却水滴(0℃以下でも凍らずにいる水滴)にヨウ化銀の粒子を投下し,それを核にして凍結させ,水滴が氷になるときに出る熱(1gについて約80cal)によって雲の成長をひき起こさせようとするのである。実験では最大風速が10~30%減少したと報告されているが,これが本当にヨウ化銀をまいたための減少なのかどうかを判定するのは難しい。実験の数は少なく統計的に有意な結果は得られていない。実験には多くの費用を要することや,実験の根拠がはっきりしていないこと,実験によって逆に被害を増大し社会問題になりかねないことなどの理由で近年はほとんど取り組まれていない。一方,数値実験の手法による研究は1970年代前半に行われた。ヨウ化銀をまいたことによって期待される余分の熱放出量をモデルに組み入れるわけであるが,人工変換の効果に関する正しい結果を得るためには,対流のパラメタリゼーションの問題や雲物理過程など基礎的な問題を明らかにしていく必要がある。

昔から二百十日とか二百二十日といわれて9月は台風の被害の最も多い月である。台風に伴う強い風は風害や波浪害を,多量の雨は水害をひき起こす。また大きな気圧降下と風の効果は高潮をひき起こす。強い風による家屋などの倒壊や破損,樹木や農作物などの被害のほかに,強風やフェーンによる空気の乾燥は大火の原因になる。雨による災害のなかでは河川のはんらんによる洪水のほかに,山崩れ,崖崩れなど,一般に風よりもはるかに大きな災害をひき起こす。どちらかといえば,夏には強い風を伴う台風(風台風),秋には多くの雨をもたらす台風(雨台風)が多い。雨には,台風それ自身のもつ特徴からくる雨のほかに,前線があるような場合に,台風が運ぶ南からの暖かい湿った空気が前線の活動を活発にして大雨を降らせるものがある。台風がまだ日本のかなり南にあるときでも,日本付近にある前線(秋なら秋雨前線)が活発になることはむしろ一般的な現象である。また,空気が山岳の斜面をはい上がるときにできる雲から多量の雨が降る。すなわち地形は雨量を増大させる効果をもっている。高潮によって大きな災害をひき起こした台風は多いが,とくに5000人をこえる死者・行方不明を出した伊勢湾台風(1959)は有名である。高潮は風の方向によって大きな差が出るので,台風が湾のどちら側を通るかは大きな問題である。また満潮時と重なるかどうかも重要である。風や波浪による災害としては洞爺丸台風(1954)による青函連絡船の沈没がある。台風災害はあるところまでは防ぎきれない面もあるが,かなりの部分は台風に対する警戒,防災対策によってさけることができるはずのものである。

 気象観測を開始してから1000人以上の死者・行方不明を出した台風は,室戸台風(1934),枕崎台風(1945),カスリン台風(1947),洞爺丸台風,狩野川台風(1958),伊勢湾台風の6台風を数えるが,59年の伊勢湾台風を最後にこのような例はなくなっているのが注目される。最も多いのは66年9月24~25日の台風6624号および6626号による中部地方を中心とした風水害で300人くらい,61年9月15~17日の6118号(第2室戸台風)の200人などがあり,100人余りの例としては7617号(西日本の風水害),6807号(飛驒川バス転落),6524号,7408号,7920号などがある。これらのなかには台風だけでなく前線による雨の被害が多いものもある。人命の損失を皆無にすることはもちろん,物的被害を最小限にくいとめる努力はこれからも続けていかなくてはならない。
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出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報

日本大百科全書(ニッポニカ) 「台風」の意味・わかりやすい解説

台風
たいふう
typhoon
severe tropical storm
tropical storm

北太平洋西部の熱帯の海上で発生・発達し、日本列島・フィリピン諸島・アジア大陸南部などに襲来して大きな被害をもたらす熱帯低気圧。熱帯低気圧はいくつかの限られた熱帯の海域で発生し、それぞれ特有の名前がついているが、そのうち東経180度より西の北太平洋にある熱帯低気圧はその域内の最大風速によって分類されている。台風は最大風速が毎秒17.2メートル(34ノット:風力8)以上と定義され、それに達しないものを狭義の熱帯低気圧とよんでいる。船舶向けなどの気象通報に用いられているタイフーンtyphoonの定義(32.7メートル(64ノット:風力12)以上)とは異なる。最大風速17.2メートル以上という台風の定義は1953年(昭和28)から用いられたもので、1947年から1952年までの定義は、弱い熱帯性低気圧(17.2メートル未満)、熱帯性低気圧(17.2メートル以上32.7メートル未満)、台風(32.7メートル以上)の三つであった。また、それ以前は、台風は南洋や南シナ海などに発生し、日本・フィリピン・中国などにくる猛烈な暴風雨をさし、はっきりした基準はなかった。

 気象庁の発表する気象情報や警報では台風に大きさを表現することばと、強さを表現することばをつけて発表している。大きさは毎秒15メートル以上の強い風が吹いている範囲で、大型=500~800キロメートル未満、超大型=800キロメートル以上に分類し、強さは最大風速で、強い=毎秒33~44メートル未満、非常に強い=毎秒44~54メートル未満、猛烈な=毎秒54メートル以上に分類している。1999年(平成11)までは、台風のなかで「小型」とか「弱い」という発表もあったが、たいしたことがないとの誤解を招くことなどから、2000年(平成12)6月以降は、台風のなかでも大きいものや強いもののみに、大きさや強さを表現することばをつけている。

[饒村 曜]

台風番号および台風の名称

気象庁では台風に関する情報の発表や整理の都合上、年ごとに台風の発生を確認した日付の順に従って台風に台風番号をつけている。台風番号は昭和○○年台風第○号とよばれ、西暦の末尾の2桁(けた)に番号をつけ4桁の数字で表示されることもある。たとえば、「9910号」は1999年に10番目に発生した台風、「0106号」は2001年に6番目に発生した台風のことである。このほか、とくに災害の大きかった台風については、その上陸地点名、災害をおこした地名、湾名、川名、船名などをつけて、枕崎(まくらざき)台風、伊勢湾(いせわん)台風などとよばれる。また、上陸地点が同じような場合は、第一室戸(むろと)台風、第二室戸台風というように区別している。

 アメリカでは最大風速が毎秒17.2メートル以上にまで発達した熱帯低気圧を、番号ではなく、あらかじめ準備したABC……のアルファベット順のアメリカの男女名をつけている。太平洋戦争後、日本が米軍の占領下にあった間は、これに倣って日本もカスリーン台風やジェーン台風などとよんでいた時期があった(当時は女性名のみを使用)。その後、台風番号が使われるようになり、アメリカがつけた名前は、船舶向けの海上警報など一部の予警報以外では使われなくなった。

 2000年(平成12)からは、アメリカがつけた名前にかわり、アジア太平洋経済社会委員会(ESCAP(エスカップ))と世界気象機関(WMO)で組織する台風委員会がつけたアジア名が使われている。このアジア名は、なじみの深いアジアのことばのほうが防災意識も向上するのではないかと、加盟14か国・領域から提案された合計140個の名前(日本からは「てんびん」など10の星座名)からなっており、台風が発生するたびに順次使われている。

[饒村 曜]

台風の語源

もとは颱風(たいふう)と書いたが、1946年(昭和21)に制定された当用漢字にないため台風と改められた。颱風は中国語の颱と英語のtyphoonの音をとったもので、一般に通用するようになったのは大正時代からである。それ以前は大風、嵐(あらし)、また古くは野分(のわき)などとよばれていた。颱は暴風のもっともひどいものをさし、中国における最古の用例は17世紀後半に編集された『福建通志』である。日本でも19世紀初めに小説家の滝沢馬琴(ばきん)が『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』のなかで颱を用い、これを「あかしま」と訓じた。しかし、1857年(安政4)洋学者伊藤慎蔵(しんぞう)が熱帯低気圧についての専門書を訳したが、その題名は『颶風(ぐふう)新話』であり、明治になっても片仮名でタイフーンと書くか、漢字を用いるときには「大風」と書かれることも多いなど、滝沢馬琴の颱の用法は、そのまま、明治後期から使われるようになった颱風にはつながらない。一方英語のtyphoonは、16世紀にはイギリスで使用例があるなど颱の用例より古い。中国では昔、台風のように風向の旋回する風系を颶風とよんだが、この知識が南シナ海を航海していたアラビア人に伝えられ、彼らはそれをぐるぐる回るという意のtūfānとよび、これが一方では颱風になり、他方ではタイフーンに転化したと考えられる。

[饒村 曜]

発生と来襲

1951年(昭和26)から2010年(平成22)までの統計によると、台風の年間発生数のもっとも多かったのは1967年の39個で、1971年と1994年の36個がこれに次ぐ。逆にもっとも少なかったのは、年間発生数14個の2010年である。1981年から2010年までの年間平均発生数では25.6個となる。台風の発生しやすい場所は、
(1)海面水温が27℃以上の海上
(2)コリオリの力が働く場所(少なくとも北緯5度以北)
(3)水平方向の風速差が大きい
(4)上層と下層の風速差が小さい
などの条件が満たされやすい場所ということができる。つまり、(1)は台風の形成・維持には大気下層で温暖で湿潤な空気が、(2)および(3)は台風の渦の形成に、また、(4)は積乱雲の発達に伴って放出される凝結熱が、台風中心の上空で放出することが必要であることを示している。この条件はハリケーンなど他の地域で発生する熱帯低気圧でも同じである。月別では8月と9月に発生数が多いが、これは、比較的高緯度の海域でも海面水温が27℃を超え、台風が発生するようになるからである。

 毎年10個くらいの台風が日本に接近し、このうち3個くらいが日本に上陸する。上陸台風は、月別には8月、地域別には九州がいちばん多い。また、大きな災害をもたらす台風は、9月中旬から下旬にかけて来襲する傾向がある。立春から数えて210日目(9月1日か2日)、220日目、陰暦の8月1日は、それぞれ二百十日、二百二十日、八朔(はっさく)とよばれ、古くから暴風来襲の三大厄日とされている。しかし、統計的にはこれらの日がとくに多いというわけではない。

[饒村 曜]

台風の経路

図Aは月別の台風経路の特徴を示したもので、青線は赤線に次いでとりやすい経路である。台風の経路は平均的には北太平洋高気圧周辺の空気の流れに沿い、高気圧の軸を境にして北西方向から北東方向へ向きを変える傾向がある。この向きを変える地点を転向点という。6月および10月末から11月は、太平洋高気圧の軸が日本の南海上で北緯20度付近にあり、シベリア高気圧の影響がまだ残る、あるいは南へ張り出してくるため、低緯度で転向せずそのまま西進を続ける台風が多いが、7、8月になると台風の発生する緯度も北上し、また太平洋高気圧の軸も北緯30度付近にまで北上するため、図Aのように日本付近に来襲するものが多くなる。個々の台風の経路はこの図のように滑らかではなく、蛇行したり輪を描くなど複雑な経路をとったり停滞することも多い。このような台風は迷走台風とよばれ、上層の風が弱い盛夏期に多い。また、二つの台風が接近して存在している場合には、相互干渉をして複雑な経路をとることがあり、「藤原の効果」とよばれる。台風の移動速度は、転向前の低緯度においては毎時20キロメートル前後であり、転向後の速度は、夏期は遅く、秋が深まるにつれて速くなる傾向があるが、平均して毎時40キロメートル程度である。

[饒村 曜]

台風の一生

台風によって規模や性質、期間などは異なっているが、その一生を大別すると、次の四つの段階に分けられる。

(1)形成(発生)期 低緯度地方に弱い低気圧性循環として発生してから台風強度に達するまでの期間で、このころの進行方向や速度は非常に不安定で予測がむずかしい。

(2)成長(発達)期 台風になってから中心気圧が最低となって、もっとも強くなるまでの期間で、円形の等圧線をもち、中心気圧は急激に低くなり、中心付近の最大風速も急速に強まる。

(3)最盛(成熟)期 中心付近の最大風速は徐々に弱まる傾向に入るが、暴風の範囲が周囲に広がる期間である。転向する台風の多くはこの期間に転向する。

(4)衰弱(老衰)期 衰弱して消滅するか、温帯低気圧に変わる期間。中心気圧はしだいに浅くなり、中心付近の最大風速もそれに伴って減ずるが、温帯低気圧に変わったもののなかには寒気の補給を受けて再発達することもある。台風が陸にかかると、水蒸気の補給がなくなり、また地表摩擦が増大するため急速に衰弱する。台風が陸地を横断する場合は、一方の中心が消滅し、他の側に中心ができてそのほうに勢力が乗り移ったり、中心がいくつかに分裂することがある。

 日本にくる台風はおもに最盛期と衰弱期のもので、前者は暴風と大雨、後者は大雨により大きな災害をもたらすことが多い。

 台風としての勢力をもつ期間は平均すると約5日であるが、14日以上の長寿の台風は全体のおよそ1%、1日未満の短命の台風はおよそ5%ある。

[饒村 曜]

台風の構造、台風の目

最盛期の台風はおよそ図Bのような構造をもっている。台風の中心部はその周囲がアイウォールeyewallとよばれる厚く高い雲で取り囲まれており、そこでは地表付近で反時計回りに回りながら、中心に向かって吹き込んでいる空気が激しく上昇し、高度約6キロメートルくらいで第一次の吹き出し(高層雲ができる)、10キロメートル以上で第二の吹き出し(巻層雲ができる)となって外のほうへ流出している。このとき、空気中に含まれている水蒸気が凝結し潜熱を放出するので中心の上空の気温は暖められ、さらに上昇流を強める働きをする。

 台風の中心では下降気流がみられ、しばしば、雲がなく風雨も弱い区域がほぼ円形に形成される。これを台風の目(台風眼)といい、この直径はおよそ20~60キロメートルである。形は円形が普通であるが、ときに長円形、あるいは台風の目の中にさらに目ができるという二重円形になることもある。回転運動をしながら台風内に入ってきた空気塊は、角運動量保存がほぼ成り立つので、中心に近づくほど風が強くなり、その結果強い遠心力を受ける。このため気圧の傾きがあっても中心部へ入れなくなり、台風の目が形成される。一般に台風の目は、発生期で大きく、発達期で小さくなる。また、衰弱期になるとともに広くなるが、風の弱い区域はかなりのちまでも認められる。

[饒村 曜]

気圧と風の分布

発達期の台風の等圧線は円形で、中心付近で気圧が急に低下している。このため一定の気圧差ごとに描いた等圧線の間隔は、中心に近づくほど密になっている。気圧Pは台風中心からの距離rの関数P(r)で表すことができる。P∞を台風域外の気圧、P0を台風の中心気圧、r0を台風の水平方向の大きさを示す一つ一つの台風特有の定数とすると、

で表せる。現在までにいちばん低い中心気圧を記録したのは、1979年(昭和54)第20号台風の870ヘクトパスカルで、中心気圧が900ヘクトパスカル以下となる台風は年に1、2個発生する。これに対し、温帯低気圧は、台風のように中心付近で気圧が急激に低下することも、中心気圧が900ヘクトパスカル以下になることもない。

 台風の風は、台風の目のすぐ外側でその最大風速が観測される。最大風速をVmax、中心気圧をP0とすると、

で近似することができる。ここでkは定数であり、低緯度地方では6、日本付近の中緯度では7という値となる。台風が停滞しているような場合の風分布は、中心からの距離をrとすると、台風の目の内部においてはrに比例し、その外側ではに反比例し、さらに外側ではrに反比例している。図Cは、台風発達の各段階における気圧と風速分布を示したもので、同じ台風でも発達段階によって比例定数が異なる。台風が移動している場合の風の分布図は左右対称になっていない。北半球においては、台風中心の進行方向に向かって右半円では、台風に渦巻く流れと、台風を動かす一般流とよばれる流れの方向が同じになって、風速が強化される。一方、左半円では、渦巻く流れと一般流の方向とが逆方向になるので、右半円よりも風速が弱くなる。このことなどから前者は危険半円、後者は可航半円とよばれている。しかし、可航半円においても中心近くでは風速が大きく危険なので、右半円を向かい風半円、左半円を追い風半円とよぶこともある。

 平均的な台風のもつ運動エネルギーは1017から1018ジュールで、この運動エネルギーは摩擦により1秒間に1013から1014ジュール失われている。したがって台風の勢力が維持されるためには、これだけのエネルギーが補給されねばならないが、これは主として水蒸気の凝結による潜熱の放出によって得られる。しかし、潜熱の放出によって得られるエネルギーの大部分は台風の外に流出し、運動エネルギーに変わるのは全体の1~2%程度にすぎないので、多量の水蒸気が凝結しないと勢力が維持できない。

[饒村 曜]

台風と雨

台風による雨を大きく分類すると、(1)渦(うず)性降雨、(2)地形性降雨、(3)螺旋(らせん)状に台風を取り囲む外側降雨帯で降る雨、(4)前線による雨、の四つに大別できる。

 (1)の渦性降雨というのは、台風の目を取り囲む雲の壁および内側降雨帯で連続的に強く降る雨で、中心付近の渦が強まれば、つまり最大風速が大きい場合はそれだけ上昇流が強まり、水蒸気が急速に雨粒となり、その結果として強い雨が降ることから、こう名づけられている。

 また、(2)の地形性降雨とは、地形の起伏によって大気が強制上昇させられることにより山の風上側に降る雨のことで、風速が強ければ強いほど、地形の傾きが急であればあるほど強い雨となる。山岳地帯の風上側では、地形性降雨のため平地に比べて2倍から3倍も降ることがある。

 一般に夏の台風の雨は(1)、(2)による雨が主で、これに(3)による雨が重なったものが台風の中心が通った地方で多くみられるが、梅雨期や秋の台風ではこれに(4)による雨が加わるため、広範囲にわたって多雨となる(図D)。

 一つの台風が日本全土にもたらす雨の総量は50億~450億トンと推定されているが、1976年(昭和51)の台風第17号は、鹿児島県の南西海上で停滞したために長時間豪雨が継続し、800億トン以上もの雨をもたらした。雨台風は一般には、風による被害よりも大雨による被害が大きい台風をさすが、日本全土にもたらす雨の総量が250億トン以上を雨台風、200億トン以下を風台風と定義している専門家もいる。

 台風はさまざまな災害を引き起こすが、台風の雨は真夏の晴天続きのような場合(とくに南西諸島など南に位置する島では)、農業用水や飲料水不足の解消に役だつという側面もある。

[饒村 曜]

台風災害

台風は強い風、猛烈な雨などを伴っており、この風や雨などが直接・間接の原因となって、風害、水害、高潮など次に述べるいろいろな災害をもたらす。

〔1〕風害 台風は弱いものでも、台風と名前がつく以上、平均風速が毎秒17.2メートル以上の強い風が吹いており、非常に強い台風では60メートル以上の風速も観測される。風速は地形や構築物などの影響を大きく受け、湾や海峡、岬(みさき)、川筋、山の尾根筋などでは風が収束して強くなる。また、瞬間風速は平均風速のおよそ1.5倍ほどになるので、平均風速の大きさ以外に、短い周期の風速変動も風害を生ずる一因となる。風が物体を押す力(風圧)は風速の2乗に比例するため、風速が2倍、3倍となると風圧は4倍、9倍と飛躍的に大きくなる。平均風速が毎秒25メートルを超すと被害が増加し、35メートル以上になると被害が甚大になるといわれている。なお、1934年(昭和9)の室戸台風以降、建物の耐風基準の検討が本格化し、風圧だけでなく、速度圧や風力係数の基準も加味する必要があるとされ、建築基準法にも反映された。

 台風が接近して強い風が海上から内陸に向かって吹き込む場合には、多量の塩分粒子が強風によって内陸に運ばれ、植物の枯死や停電事故をおこすことがある。これを塩風害とよぶ。塩風害の被害地域は、海岸線からの距離が5キロメートル以内で非常に大きいが、距離が50キロメートル以上でも被害のおこることがある。強風が吹いた直後に強雨が降った場合には被害が軽減されるが、降雨がなく湿度が高い状態のときは、塩分粒子が大気中の水分を吸収して植物や電線に付着するため被害が大きくなる。

 また、脊梁(せきりょう)山脈を越えて吹く強風の山脈風下側ではフェーン現象がおき、空気が高温で乾燥した状態になることがある。このときは、植物体内の水分が急激に奪い取られるという乾風害や大火災が発生しやすい。

〔2〕水害 台風は大雨を伴うものが多く、とくに山間部には多量の雨をもたらす。このため河川の増水氾濫(はんらん)、堤防決壊などにより水害が発生するが、上流からの多量の流木・流石などがあると下流の橋梁(きょうりょう)や堤防を破壊し、いっそうその被害を大きくする。

 大河川の堤防は強化されたため、決壊などの被害は少なくなってきたが、都市化が進み、降った雨がすぐ河川に流れ込むようになったこと、都市周辺の遊水池が減少したことなどから、大都市周辺の中小河川の氾濫が多くなってきている。また豪雨によって各地で山崩れや崖(がけ)崩れ、それに土石流などを誘発し、暴風雨が人々の行動力を減退させることもあって、大災害となることが多い。

〔3〕高潮害 高潮は風(かぜ)津波ともよばれ、台風や強い低気圧により海岸で海水面が異常に高くなる現象である。日本で高潮のよくおこる所は、九州の有明海(ありあけかい)、瀬戸内海西部の周防灘(すおうなだ)、大阪湾、伊勢湾、東京湾など南向きの湾で、これらの湾の西側を台風の中心が通過するときに顕著な高潮がおき、大災害を引き起こす。

 1959年(昭和34)9月26日、伊勢湾台風によって伊勢湾におこった高潮による死者は、この台風による死者・行方不明者5098人の約70%を占めた。このように台風、ハリケーン、サイクロンなど熱帯低気圧によるこれまでの死者災害の大きなものは、いずれも主として高潮によるものである。

 高潮の原因として次の事柄があげられる。

(1)風の吹き寄せ 南向きの湾では湾の西側を台風の中心が通ると、湾の奥では海岸に海水が吹き寄せられて海面が高くなる。その高さは風速の2乗に比例し、湾の長さが長く水深が浅くV字形の湾ほど大きくなる。高潮全体でこの吹き寄せによる部分はおよそ3分の2といわれている。

(2)気圧差 台風の域内と域外の気圧の差により、海面は静力学的つり合いを保つため膨れ上がる。気圧が1ヘクトパスカル下がると海面は1センチメートル高くなるので、960ヘクトパスカルの台風の場合は、1010ヘクトパスカルの場合に比べ50センチメートルほど高くなる。

(3)風浪が加わる 台風の場合は風浪もたいへん高くなり、高い波浪は海岸堤防を越え、海水が堤防の裏側の土砂を洗うなど、高潮の破壊力を大きくする。

(4)湾の共鳴作用 台風の速度がその湾固有の長波の速度に等しいときには共鳴現象をおこす。共鳴速度は東京湾で毎時約80キロメートルであり、速い台風ほど危険が大きい。

(5)静振(せいしん)(セイシュseiche) 湾の固有振動が台風により励起発達させられる現象で、長周期の振動が台風通過後も続くことがある。富山湾、駿河湾(するがわん)のような水深が深い湾で多い。湾外で生じたうねりと湾内でおこった静振が共鳴して異常な高潮となることがある。地盤沈下や工業地帯の低湿地、埋立地への進出などの社会的条件の変化により、高潮に対してよりいっそうの防災対策が望まれている。

〔4〕波浪害 台風域内の海面には大きな波浪がたち、大きな船舶でも難破する危険が高い。とくに中心付近では異なった方向から伝わってくる波が集合し、その干渉によっていわゆる三角波が生じ危険である。台風によるうねりは、波長の長いものほど早く伝わる。うねりの進行速度は台風の進行速度の2~4倍で、台風から遠い地方の海岸にまで押し寄せ被害をおこすことがある。夏季におこる土用波(どようなみ)はこの種の波である。

[饒村 曜]

台風の予報

将来の台風進路や降雨状況といった予報の基本は実況の把握である。現在は気象衛星による観測によって、台風の発生初期の段階から台風の位置を求めたり、中心気圧、最大風速を推定することができるようになったが、それ以前は、この段階が、周辺との気圧の差が小さいことに加えて、気象観測施設の少ない海域であることからわかりにくく、ときには見逃すこともあった。台風が日本に近づくと各地のレーダー観測によって、上陸した場合にはAMeDAS(アメダス)とよばれる地域気象観測網によっても台風の詳しい動きや構造が探知される。なお、一つのレーダーでは地球の曲率や地形などの影響で観測可能範囲がおよそ300キロメートルであるなどの理由から、20台のレーダーで日本全土をカバーしている。

 台風予報で重要な問題はその進路である。台風は周りの風によって流されていると同時に、周りの風にも影響を与えている。そこで、台風を含む広い範囲内の気温、気圧などの値を基に、大気の状態を示す物理方程式に従って数値的に計算し、その進路を予報する方法がとられている。しかし、いまのところ台風の周りの大気の流れや台風の構造を正確に把握するのに必要なデータが十分得られないこと、実際の台風のメカニズムを物理方程式で十分表現できていないことなどから、進路予報には誤差を伴っている。

 気象庁では1982年(昭和57)6月より台風の進路予報に予報円をつけて発表していたが、1986年5月の気象審議会で、「災害の危険度が高い範囲を明らかにする」という趣旨から、台風の中心が24時間(または12時間)後に存在すると考えられる範囲のほかに、暴風域(風速25メートル以上)となるおそれのある範囲を「暴風警戒域」として新設し、これも円形で表示することを決定した(2007年4月より予報期間中の暴風警戒域を囲む線で表示)。予報円は台風の中心が到達すると予想される範囲を示す破線の円で、この円内に台風の中心が入る確率は70%である。2011年(平成23)の時点で、台風予報として、5日後(120時間後)までの位置の予想(進路予報)や、72時間後までの中心気圧や最大風速、最大瞬間風速の予想(強度予報)、72時間後までの暴風域に入る確率(地域ごとの予報、確率分布図)などが発表されている。

[饒村 曜]

防災上の心構え

台風災害は以前より減り、とくに人命の損失はたいへん少なくなっている。これは、予報技術の向上、報道関係や防災機関などによる気象情報の周知、防災設備や避難体制の充実などによるものとされている。しかし、さらに災害を減らすには、各個人も、次の事柄に注意し、準備する必要がある。

(1)テレビやラジオの警報、情報をよく聞く。

(2)停電に備えて、ラジオ、照明器具を用意する。

(3)屋根、塀などの補強は早めにする。

(4)窓ガラスは飛んでくるものがぶつかって割れることが多いため、外側から補強する。

(5)非常用搬出用具を準備する。両手が使えるように荷物は背負える形にする。

(6)外へ出るときには頭に防具をつける。水中では素足や肌の露出は危険である。

(7)普段から同僚、隣人との連絡方法を決めておく。台風が接近すると多くの人が電話に殺到するためかかりにくくなる。高齢者、子供の処置については、普段から考えておく必要がある。

(8)台風来襲時には大火になりやすいので、火の用心にはとくに注意する必要がある。

(9)強い雨が続いて地盤が緩んでくると土砂崩れなどが発生する危険が高まるが、暴風雨のなかの避難は非常に危険である。普段から危険地域を把握しておき、警報や情報などから判断し、雨や風が強くなる前に安全な場所に避難する。

(10)台風そのものの暴風雨が収まっても、川沿いの地域に洪水が、時間が遅れてやってくる。切れた電線による感電事故や水害後の衛生管理などにも十分注意する必要がある。

[饒村 曜]

『日本気象協会編・刊『続・台風を防ごう』(1969)』『NHK社会部編『台風に備える』(1972・日本放送出版協会)』『日本気象協会編・刊『1940~1970・台風経路図30年集』(1973)』『浅井富雄ほか著『大気科学講座〔2〕 雲や降水を伴う大気』(1981・東京大学出版会)』『山岬正紀著『台風』(1982・東京堂出版)』『新田勍著『熱帯の気象』(1982・東京堂出版)』『饒村曜著『台風物語』『続・台風物語』(1986、1997・日本気象協会)』『山岸米二郎著『気象予報のための風の基礎知識』(2002・オーム社)』『京都大学防災研究所編『防災学講座1 風水害論』(2003・山海堂)』『大西晴夫著『台風の科学』(NHKブックス)』『島田守家著『暴風・台風びっくり小事典――目には見えないスーパー・パワー』(講談社・ブルーバックス)』


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百科事典マイペディア 「台風」の意味・わかりやすい解説

台風【たいふう】

北太平洋の熱帯海上で発生した熱帯低気圧のうち,風力8(風速17.2m/s以上)以上に達した暴風。台風は,第2次大戦後,米国式にアルファベット順の女性名(たとえばジェーン台風)で呼ばれたが,1953年以後はおおむね発生順の番号によって呼ばれ(たとえば6118は1961年の18番目に発生した台風を意味し,この場合は第2室戸台風のこと),また特に被害の大きかった場合は上陸地点等の名前をとって,伊勢湾台風(1959年9月26日)とか,狩野川台風(1958年9月26日)とかいった命名が行われる。台風の年間発生数は平均28個であるが,年によって変動が大きく20〜40個ぐらいの間を変動しており,このうち平均3個が日本本土に上陸して被害を与える。発生,来襲はともに6〜10月に多い。 台風は熱帯の海上に発生してから温帯で消滅するまでの間,およそ10〜25日に及ぶ寿命をもっており,発生期,成長期,最盛期,衰弱期で,その構造を異にするが,最盛期のおもな特徴は次のようである。1.直径が数百kmに達する反時計回りの円形の渦巻である。水平の広がりに対し,中心付近の垂直の広がりは十数kmであり,非常に平らな円盤状の渦動風系である。2.風の最も強いのは渦動の中心から15〜20kmぐらい離れたところで,これよりさらに中心に近い部分では風が衰え,雲が切れて青空が見える。この部分を〈台風の目〉という。3.台風の中心部は周囲よりは気温が高くなっており,雨は半径およそ400km以内で降り,中心付近では毎時10〜20mmの雨が降っている。 台風の進む経路は,6〜10月以外の季節には発生地からそのまま西に進み消滅するものが多いが,6〜10月の台風期のものは北太平洋高気圧の周辺に沿って北上し,日本本土に影響するものが多くなる。6〜8月の台風活動の前期に現れるものの中には発生地からそのまま北西に進み,本土に接近して影響を与えるものがある。 台風の分類は従来,大きさについては風速15m/s以上の半径が,ごく小さい(200km未満),小型(200〜300km),中型(300〜500km),大型(500〜800km),超大型(800km以上)で,強さについては最大風速が,弱い(17〜25m/s未満),並の強さ(25〜33m/s),強い(33〜44m/s),非常に強い(44〜54m/s),猛烈な(54m/s以上)で表現してきたが,2000年6月からは台風の影響が小さいと誤解を与えるような,大きさの〈ごく小さい〉〈小型〉〈中型〉と,強さの〈弱い〉〈並の強さ〉という表現を廃止することになった。
→関連項目秋雨サイクロン(気象)風水害

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「台風」の意味・わかりやすい解説

台風
たいふう
typhoon

気象庁が担当する北西太平洋(赤道より北で東経 180°より西の領域)のマリアナ諸島,カロリン諸島や南シナ海で発生する熱帯低気圧のうち,中心付近の最大風速(10分間平均)がおよそ 17m/s(34kn,風力 8)以上のもの。北大西洋,北東・中部北太平洋のハリケーンや,インド洋,南太平洋のサイクロンと同種のもの。国際的な取り決めで,気象庁から外国の船舶向けの英文の気象情報で台風を報ずるとき,その最大風速がおよそ 17m/s(34kn)以上 25m/s(48kn)未満の台風を TS(Tropical Stormの略),25m/s(48kn)以上 33m/s(64kn)未満の台風を STS(Severe Tropical Stormの略),33m/s(64kn)以上の台風を Tまたは TY(Typhoonの略)と呼ぶ。等圧線が同心円状になるのが特徴的で,直径は 100~1000kmにも及ぶ。コリオリの力の作用により,北半球では反時計回り(南半球では時計回り)の風向で中心部に風が吹き込み,中心に近いほど風雨が強いが,発達すると台風の眼と呼ばれる静穏部が中心にある場合がある。台風の発生は 7~10月が最も多く,古くから雑節の一つとして知られる二百十日には大型台風が日本に近づくことが多い。

台風
たいふう
Typhoon

イギリスの小説家 J.コンラッドの海洋小説。 1903年刊。7年間の出稼ぎを終えて故郷に帰る中国人クーリー 200人を乗せた小汽船ナンシャン (南山) 号が台風に襲われるが,マックハー船長は忍び寄る絶望と戦い,自然の暴力と真向から取組んで一歩も譲らない。

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知恵蔵 「台風」の解説

台風

熱帯や低緯度地方で発生する熱帯低気圧のうち、東経180度以西の北太平洋及び南シナ海で、域内の最大風速が秒速17.2m以上のものをいう。17.2m未満のものは単に熱帯低気圧と呼ぶ。台風は巨大な空気の渦巻きで上空の風(一般流)に流されて進む。進路の右側は左側より風が強く、大きな災害が起こりやすいので、右側を危険半円、左側を可航半円という。風が特に強い台風を風台風、雨が特に多い台風を雨台風と呼ぶ。夏台風は複雑な動きをすることが多い。秋台風は南海上で進路を北東に変えて日本に近づき秋雨前線の活動を活発にし、大雨を降らせることが多い。夏の土用(立秋の前18日間)の頃、はるか南方海上にある台風からくる、高くうねる大波を土用波という。日本では台風の名前は番号で呼ぶが、国際向けには番号とアジア名の呼び名を用いる。例えば、ウサギ、カンムリ(星座)、ドリアン(果物)、トラジ(桔梗)、ウーコン(孫悟空)など。

(饒村曜 和歌山気象台長 / 宮澤清治 NHK放送用語委員会専門委員 / 2007年)

出典 (株)朝日新聞出版発行「知恵蔵」知恵蔵について 情報

世界大百科事典(旧版)内の台風の言及

【風】より

…したがって次式が成立する。上式をVについて解くとRが非常に大きい場合,すなわち等圧線がほぼ平行な場合は前に述べた地衡風となり,等圧線の曲率半径Rが小さい場合,例えば台風の中心付近や竜巻の域内はとなり,遠心力が非常に大きくて,コリオリの力がほとんど効いてこない。この風を傾度風と呼んでいる。…

【太平洋】より

…湧昇に伴って下層の栄養塩が表層に供給されるので,赤道海域の生物生産性は高い。海洋大循環海流
[台風]
 北赤道海流も西へ流れる間に太陽放射によって暖められ,大気を下から強く熱し,上昇気流を発達させる。暖かい海水から盛んに蒸発した水蒸気は上昇気流に乗って上へ運ばれ,冷やされて水に戻る。…

【日本列島】より

… 日本列島の地形は基本的に山地からなり,面積比は山地・火山地60%,丘陵地11%,山麓地4%,低地・台地25%となっている。温帯湿潤気候下にあり,冬の季節風の強い吹出しとそれに伴う豪雪および夏の台風の襲来を受けやすい位置にあるために,風化作用の進みは早く水による浸食作用は特に著しいといえる。このため河川密度が高く急流も多く,河谷は深く刻んで起伏をさらに著しいものとし,地形に細密なひだをつくる。…

※「台風」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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