篠浪村(読み)ささなみむら

日本歴史地名大系 「篠浪村」の解説

篠浪村
ささなみむら

[現在地名]郡家町篠波ささなみ

山上やまのうえ村の東方、私都きさいち川北岸に位置する。天文八年(一五三九)一二月吉日の檀那引付(肥塚家文書)によれば、因幡のうち「きさいちのさゝなミ」の七郎左衛門は広峯ひろみね神社(現兵庫県姫路市)の社家肥塚家の檀那であった。また同一四年二月吉日の檀那村付帳(同文書)にも「きさいち内さゝなミ一ゑんおか殿やと」とみえる。

元禄一四年(一七〇一)の変地其外相改目録(県立博物館蔵)正保国絵図正保郷帳には篠波村と載せたが、元禄国絵図・元禄郷帳作成に際し篠浪と改めたとある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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