簗川(読み)やながわ

日本歴史地名大系 「簗川」の解説

簗川
やながわ

盛岡市の東端下閉伊しもへい岩泉いわいずみ町との境に位置する北上高地の区界くざかい(標高七五一メートル)西斜面を水源とし、西流して川目かわめ落合おちあい根田茂ねだも川を合流、さらに西流して国道四号の北上川に架かるみなみ大橋際で同川に合流する河川。延長一五・五キロ。前九年の役の際に安倍氏と源頼義の軍が当川を挟んで合戦を行い、たくさんの矢が川を流れて矢流川と称されたのが簗川の由来と伝える(中野村誌)。慶長(一五九六―一六一五)以前のものとされる盛岡旧図(盛岡砂子)には簗川と記され、正保二年(一六四五)六月には当川に川猟禁制札が立てられている(雑書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

「歓喜の歌」の合唱で知られ、聴力をほぼ失ったベートーベンが晩年に完成させた最後の交響曲。第4楽章にある合唱は人生の苦悩と喜び、全人類の兄弟愛をたたえたシラーの詩が基で欧州連合(EU)の歌にも指定され...

ベートーベンの「第九」の用語解説を読む