米沢町一丁目(読み)よねざわちよういつちようめ

日本歴史地名大系 「米沢町一丁目」の解説

米沢町一丁目
よねざわちよういつちようめ

[現在地名]中央区東日本橋ひがしにほんばし二丁目

北東は両国広小路に面し、西は武家地と米沢町二丁目、南は米沢町三丁目に接する。米沢町一帯はもともと寺地であったが(寛永江戸図など)正保(一六四四―四八)頃から米蔵が設けられ、矢ノ倉やのくらと称した(日本橋繁盛記)。元禄一一年(一六九八)類焼した米蔵が翌一二年築地に移され(武江年表)跡地は武家地と町地となり、町地部分が米沢町となった(沿革図書など)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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