米津(読み)よねづ

日本歴史地名大系 「米津」の解説

米津
よねづ

[現在地名]津市藤方 米津町

藤方ふじかた村の枝郷。本村東部の低湿地帯に位置し、八木田やきでの南に隣接する。この地域はもともと海岸堤防の後背湿地という地理的悪条件下にあるため、焼出やきで御厨のように製塩のほか、農業生産には不適当な地域であった。地名後述の「米洲」の文字のほうがその景観によく適している。新田として開発されたのは一七世紀中頃とみられ、享保九年(一七二四)六月京都清和せいわ院僧正亮快の著した伊勢藤方村片樋宮幹縁(円光寺蔵)には「至寛文十年辛亥郷移東名米洲」とあり、分れて枝村となった時期が知られる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 宗国史 郡奉行

春になって暖かくなりかけた頃、急に寒さが戻って、地面などがまた凍りつく。《 季語・春 》[初出の実例]「七瀬御秡 同晦日也。〈略〉雪汁いてかへる」(出典:俳諧・誹諧初学抄(1641)初春)...

凍返るの用語解説を読む