粟井坂遺跡(読み)あわいざかいせき

日本歴史地名大系 「粟井坂遺跡」の解説

粟井坂遺跡
あわいざかいせき

[現在地名]中島町粟井 クリヤ峠

粟井集落から畑里はたりへの山越小径の切通付近(約一三〇メートル)にある遺跡で、縄文晩期の土器片十数点と早期の山形押型文土器片一点とが発見された。縄文早期(約八千年前)の押型文土器の発見は偶然であるにしても、当遺跡の西南にわだかまる泰山たいのやま中腹にあたるむかい山でも独鈷状石器ともいわれた両頭石斧が発見されている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む