粟田口刑場跡(読み)あわたぐちけいじようあと

日本歴史地名大系 「粟田口刑場跡」の解説

粟田口刑場跡
あわたぐちけいじようあと

[現在地名]東山区粟田口付近

「別要録」所載の地図には粟田口東端、おか(現山科区)との境界に位置が示されるが、このあたりは明治維新後地形が大きく変わったところで、正確に跡地を定めがたい。黒川道祐の「石山再来」は神明しんめい山の西を経て蹴上けあげの水を過ぎ、「粟田口刑戮場ニ到ル」と記している。江戸時代、ここで処刑晒首が行われたことは、京都御役所向大概覚書の記事からもうかがえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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