(1)人形浄瑠璃。世話物。3巻。近松門左衛門作。1715年(正徳5)春ごろ大坂竹本座初演。1683年(天和3)に処刑された大経師家の女房おさんと手代茂兵衛との密通事件を題材にした作品で,その三十三回忌を当て込んで上演された。この話はすでに西鶴の《好色五人女》や歌祭文などに取り上げられ広く人口に膾炙(かいしや)していたが,本作にあっては,それが,闇紛れの人違いのために止むなく起こってしまった〈意志なき姦通〉として構想されているという点に最大の特色があるといえる。また,おさんの両親,下女のお玉,その伯父の赤松梅竜ら,2人をめぐる善意の人々の悲嘆や苦悩の描出のうえにも近松独自の優れた人間洞察力がうかがわれるものとなっている。近松三姦通曲の第2作として著名だが,初演後京都の宇治座で《昔暦卅三年忌》と改題して上演され,さらに1740年(元文5)11月大坂竹本座の近松十七回忌興行のおりに《恋八卦(こいはつけ)柱暦》と改作されてからはもっぱらそれが伝えられてきた。なお同作には,71年(明和8)12月大坂北堀江市の側芝居の《本卦復(ほんけがえり)昔暦》という改作もある。(2)歌舞伎狂言。世話物。通称《おさん茂兵衛》。1715年春の大坂嵐三十郎座で歌舞伎化されている。おさんを初世嵐三郎四郎,茂兵衛を初世坂東彦三郎,父を初世嵐三十郎。近代に至ってからもさまざまな脚色が試みられ,新派や映画にも取り上げられている。
執筆者:原 道生
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
浄瑠璃義太夫節(じょうるりぎだゆうぶし)。世話物。三巻。近松門左衛門作。1715年(正徳5)春ごろ大坂・竹本座初演。京都の大経師の妻おさんと手代茂兵衛(もへえ)が下女お玉の仲介で密通し、1683年(天和3)に3人とも処刑された事件を、その三十三回忌に当て込んで脚色。同題材をおさんの愛欲本位に扱った井原西鶴(さいかく)の『好色五人女』や歌祭文(うたざいもん)などに比べ、姦通(かんつう)の動機を、おさんが夫意俊(いしゅん)の下女お玉への邪恋を懲らしめるため、お玉と寝所を取り替えたことによる、暗(くら)まぎれの人違いでおきた偶然の過ちとし、事件がおさんの両親、お玉の伯父赤松梅竜(ばいりゅう)など、周囲に及ぼす悲劇を克明に描いた点に特色がある。『堀川波鼓(ほりかわなみのつづみ)』や『鑓(やり)の権三重帷子(ごんざかさねかたびら)』とともに近松の三大姦通物とされるが、江戸時代には1740年(元文5)に改作された『恋八卦柱暦(こいはっけはしらごよみ)』がもっぱら上演されてきた。
近代以降は新解釈脚本も多くつくられ、第二次世界大戦後は、川口松太郎作『おさん茂兵衛』(のち『近松物語』と改題)が好評を受け、これは溝口健二監督で映画化(1954)もされた。
[松井俊諭]
『森修・鳥越文蔵校注・訳『完訳日本の古典56 近松門左衛門集』(1984・小学館)』
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
…その後,たちまち商品作物化されたようで,前記《毛吹草》にはすでに伏見稲荷付近の特産品とされている。やがて,《大経師昔暦(だいきようじむかしごよみ)》(1715)が〈本妻の悋気(りんき)と饂飩(うどん)に胡椒(こしよう)はお定り〉というように,うどんの薬味はコショウと決まっていたが,トウガラシがとって代わるようにもなった。こうして急速に普及し定着した理由は,しょうゆやみそとの相性がよく,米飯中心の食事体系に適合したためである。…
※「大経師昔暦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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