粟飯谷村(読み)あわいだにむら

日本歴史地名大系 「粟飯谷村」の解説

粟飯谷村
あわいだにむら

[現在地名]黒滝村大字粟飯谷

黒滝川支流、粟飯谷川上流地域に立地。下市町から洞川どろがわ(現天川村)に通ずる渓谷の街村として発達した。文亀三年(一五〇三)二月の田地売券(楠山家文書)に「あわ飯谷」の地名がみえる。旧名間谷かいだに(峡谷)村であったと伝える。

黒滝郷のうち。慶長郷帳では村高八四・九五石、幕府領(代官大久保長安)。のち延宝検地で村高は一五八・四七七石と倍増した。小字道場どうじよう正西しようさい(浄土真宗本願寺派)はもと真言宗、鎌倉時代は間谷かいたに寺といい、後世同寺を拠点として真宗が流布された。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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