紀今守(読み)きのいまもり

朝日日本歴史人物事典 「紀今守」の解説

紀今守

没年貞観14.3.29(872.5.10)
生年:生年不詳
平安中期の中級貴族。正四位下。天安2(858)年11月(~860年1月)および貞観4(864)年2月(~868年1月)の2度左京大夫に任じられ,兵士役や結保の制など京職の改善策を打ち出す一方,兼任の山城守としての立場から3年の期限付きで畿内5カ国を対象とする税制改革(貞観新制)を提唱するなど,政策立案に抜群の才能を発揮した。同6年2月,清和天皇が太政大臣藤原良房の染殿邸(京都市上京区)に行幸し宴が催された際,郡司百姓をひきつれ「耕田の礼」を行わせているが,田楽源流を知る上で留意される。筑前,美濃をはじめ諸国の国守を歴任,実績をあげた。のち国守の治績を評するのに「紀今守の体に帰放す」といわれたように良吏代名詞となった。

(村井康彦)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「紀今守」の解説

紀今守 きの-いまもり

?-872 平安時代前期の官吏
天安2年および貞観(じょうがん)4年に左京大夫に任じられ,摂津守,山城守,大和守などを兼任。京都の治安維持や畿内5ヵ国の税制の改善につとめ,良吏と称された。貞観14年3月29日死去。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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