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都良香 みやこのよしか

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

都良香
みやこのよしか

[生]承和1(834).京都
[没]元慶3(879).2.25. 京都
平安時代中期の漢学者漢詩人。桑原貞継の子。初名,言道 (ときみち) 。貞観2 (860) 年文章生,次いで文章得業生となった。安芸権少目,播磨権大目を経て,同 12年正六位上,少内記,同 14年掌渤海客使。このとき上奏して良香と改めた。元慶1 (877) 年宿禰の姓に代えて朝臣の姓を与えられた。多くの官符,詔勅起草。詩は『和漢朗詠集』『新撰朗詠集』『扶桑集』などにみえ,文章は『都氏文集』 (6巻) にまとめられたほか,『本朝文粋』などに収められている。『日本文徳天皇実録』の編纂者の一人。

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デジタル大辞泉の解説

みやこ‐の‐よしか【都良香】

[834~879]平安前期の漢詩人・漢学者。詩文に秀でて名声が高く、文章博士(もんじょうはかせ)となった。漢文集「都氏文集」など。

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百科事典マイペディアの解説

都良香【みやこのよしか】

平安前期の漢詩人。文名をうたわれ,大内記,文章博士となり,詔勅などの起草にあたった。また,藤原基経らとともに《日本文徳天皇実録》の編纂(へんさん)にあたったが,完成を前に死去。
→関連項目田氏家集

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

都良香 みやこの-よしか

834-879 平安時代前期の官吏,漢詩人。
承和(じょうわ)元年生まれ。都貞継(さだつぐ)の子。対策に及第し,貞観(じょうがん)15年(873)大内記,17年文章博士となる。「日本文徳天皇実録」の中心的編者。詩文で名だかく,秀句をめぐる逸話が説話集につたわる。元慶(がんぎょう)3年2月25日死去。46歳。初名は言道(ことみち)。家集に「都氏(とし)文集」。
【格言など】気霽(は)れては風新柳の髪を梳(けず)る 氷消えては浪旧苔(きゅうたい)の鬚(ひげ)を洗う(「和漢朗詠集」)

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朝日日本歴史人物事典の解説

都良香

没年:元慶3.2.25(879.3.21)
生年:承和1(834)
平安前期の学者,漢詩人。貞継の子。本名言道,貞観14(872)年良香と改める。仁寿3(853)年大学寮に入学して学び,貞観11年対策に及第,翌年少内記として官途に就く。同15年従五位下大内記,17年文章博士となる。13年に開始された『文徳実録』の編纂に参加し,中心的役割を担っていたが,完成を目前にして没した。詩文集『都氏文集』が残る。本来6巻であるが,3巻が現存し,賦,論,賛など14種の文章72篇を収める。作品はほかに『本朝文粋』『扶桑集』『和漢朗詠集』などに残されている。良香の作品には,怪力の童子の話「道場法師伝」,富士山にまつわる伝承を記した「富士山記」,役行者 の伝説を書いた「吉野山記」など,世間の不可思議な伝承にもとづいた作のあることがひとつの特徴であるが,彼自身も神仙的人物として『本朝神仙伝』中の人となる。中途で官職をすてて大峯山に入り,死後100年ののち,昔と変わらぬ姿を人が見たという。またその秀句をめぐって「気霽れて風は新柳の髪を梳り」の句は朱雀門の鬼を感心させたとか,「三千世界は眼前に尽き,十二因縁は心裏に空し」の下句は竹生島の弁才天が教えたなどの逸話が説話集に記されており,良香の詩が人びとに愛好されたことを物語っている。<参考文献>川口久雄『平安朝日本漢文学史の研究』,中条順子「都良香伝考」(『今井源衛教授退官記念文学論叢』)

(後藤昭雄)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典 第2版の解説

みやこのよしか【都良香】

834‐879(承和1‐元慶3)
平安時代の漢詩人。唐名都賢(とけん)。都(桑原)貞継の子。初名言道(ときみち)。天性博覧強記の上に身体敏捷で腕力があり,当時第一の詩人であった。大学に学んだのち大内記,文章博士になる。彼の書いた詔勅は名文として知られ,その詩には羅城門楼上の鬼や竹生島の弁財天が感応したという伝えが,説話となってひろく流布した。《日本文徳天皇実録》の編纂に努め,その途中で死去した。著書に《都氏文集(としぶんしゆう)》があり,民間の伝説を記した《道場法師伝》などの作も残る。

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大辞林 第三版の解説

みやこのよしか【都良香】

834~879) 平安前期の漢学者・漢詩人。文章もんじよう博士。「文徳実録」の撰に参加。天才的な詩人また文章家で、多くの逸話を残す。著「都氏文集」

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

都良香
みやこのよしか
(834―879)

平安前期の学者、詩人。叔父に『文華秀麗集(ぶんかしゅうれいしゅう)』撰者(せんじゃ)の桑原(都)腹赤(はらあか)がある。初め名を言道(ことみち)といったが、872年(貞観14)良香と改めた。大学寮を経て少内記に任じ、872年の渤海使(ぼっかいし)入朝には掌(しょう)渤海客使(きゃくし)となる。ついで大内記、文章博士(もんじょうはかせ)等を歴任し、従(じゅ)五位下で元慶(がんぎょう)3年2月25日没。『文徳(もんとく)実録』編纂(へんさん)の中心的役割を果たし、また『都氏(とし)文集』3巻に残された多様な文体の作品にその活躍がうかがえる。『本朝神仙伝』その他の説話集には、竹生島(ちくぶしま)の弁財天が対句(ついく)の下句をつけた話、羅城門(らじょうもん)の鬼がその秀句に感じ入った話など、詩作にも優れていたことを物語る逸話が伝えられている。[後藤昭雄]

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世界大百科事典内の都良香の言及

【都氏文集】より

…日本漢文。都良香(みやこのよしか)著。原6巻,現存は巻三,四,五の3巻でいずれも散文。…

【本朝文粋】より

…巻十二は詞,行,文,讃,論,銘,記,伝,牒,祝,起請,奉行,禁制,怠状,落書などありとあらゆる文体が百貨店のように並ぶ模範文体展示の巻。都良香(みやこのよしか)《富士山記》は平明に山水を描写し,《道場法師伝》は伝承をありのままに記録する。菅家廊下の日常生活を生き生きと描く菅原道真《書斎記》,宇多法皇の侍臣8人の酒飲み大会における泥酔ぶりを活写する紀長谷雄《亭子院賜飲記》などは事実を平明に直叙する新しい記録体散文である。…

※「都良香」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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