国指定史跡ガイド 「細井広沢墓」の解説
ほそいこうたくのはか【細井広沢墓】
東京都世田谷区にある江戸時代中期の学者・書家の墓。区の南部、等々力(とどろき)の満願寺の本堂裏に一族の墓碑と並んで所在する。墓は低い台石の上に頭部尖頂の棹石を立て、正面に「広沢先生細井君之墓」、左側面に「豪徳院不孤有隣大居士」と刻まれ、裏面から左側面にわたって銘が彫られている。1949年(昭和24)に国の史跡に指定された。細井広沢は、遠州(えんしゅう)掛川藩士の子として1658年(万治1)に生まれ、名が知慎(ともちか)。11歳のときに江戸に出て坂井漸軒、林信篤に儒学を、北島雪山に書を学び、和歌や絵画などの諸学を修得した。経史・天文・暦数等にも通じており、その著『諸陵周垣成就記』は歴史地理研究史上、著名である。東京急行電鉄大井町線等々力駅から徒歩約3分。