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北島雪山 きたじま せつざん

美術人名辞典の解説

北島雪山

江戸前期の書家。肥後熊本生。名は三立、雪山は号、別号に雪参・花隠・蘭隠等。陽明学を修め、書を黄檗即非独立に学び、特に兪立徳から文徴明の風を受け、これに張端図の風を加え一家を成した。門下細井広沢がいる。林鵞峰木下順庵・人見卜幽らと親交があった。元禄10年(1697)歿、62才。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

北島雪山 きたじま-せつざん

1636-1697 江戸時代前期の書家。
寛永13年生まれ。肥後熊本藩の儒者をつとめたが,辞任して長崎に移住。兪立徳(ゆ-りっとく)や即非如一らとまじわり,文徴明,趙子昂(ちょう-すごう)の書風をまなぶ。江戸にでて名をあげたが,奇行がおおく,志をえられず長崎にかえった。近世唐様の祖といわれる。元禄(げんろく)10年閏(うるう)2月14日死去。62歳。名は三立。別号に花隠,蘭隠。

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朝日日本歴史人物事典の解説

北島雪山

没年:元禄10.閏2.14(1697.4.5)
生年:寛永13(1636)
江戸前期の書家,儒学者。名は三立,雪山は号。別号に雪参,花隠,蘭隠,花谿子,蘭隠立などがある。熊本生まれだが,幼少時,長崎に行き,陽明学と書を学んだ。特に書は黄檗僧雪機,独立,即非,および明の愈立徳の影響を受け,文徴明,趙子昂らの書法を修得し,江戸時代の唐様書道の基礎を築きあげた。門人に細井広沢がいる。また,寛文7(1667)年には『国郡一統志』編纂にも従事した。一時,江戸に赴いたが,権勢を嫌い,また酒を好み奇行も多く,志を得ぬまま長崎に戻り,没した。没年には元禄11(1698)年説もある。

(永由徳夫)

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世界大百科事典 第2版の解説

きたじませつざん【北島雪山】

1637‐98(寛永14‐元禄11)
江戸前期の唐様書家。熊本の医師,宗宅の次男。通称は三立。医術修業の兄江庵とともに長崎に赴き,陽明学を修め,来朝の黄檗僧独立,即非に書法を学び,さらに兪立徳(ゆりつとく)から明の文徴明の筆法を授けられた。その後,熊本侯に儒臣として仕えたが,やがて江戸に出て書名をあげ,細井広沢らに書法を教えた。奇行多く,酒を好み,豪快な行・草をよく書き,唐様書家の先達として高く評価されている。【角井 博】

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大辞林 第三版の解説

きたじませつざん【北島雪山】

1636~1697) 江戸前期の書家。熊本の人。名は三立。明人から文徴明らの書法を学び、近世唐様の基礎を築いた。細井広沢はその門人。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

北島雪山
きたじませつざん

[生]寛永13(1636)/寛永14(1637).肥後,熊本
[没]元禄10(1697).11.12. /元禄11(1698).12.14. 長崎
江戸時代中期の書家,儒学者 (陽明学派) 。名は三立,号は雪山,花隠,蘭隠。医者の父に従って長崎へ行き,書法を明僧の兪立徳および黄檗僧即非,独立に学んだ。さらに元の趙孟 頫 (ちょうもうふ) ,明の文徴明の書風に私淑し,延宝5 (1677) 年江戸へ出て唐様の雄健な書風をもって名声を築いた。江戸時代における唐様書道の先駆者といわれ,門下より細井広沢が出た。また陽明学を修め文学にも長じ,性格は豪放で酒を好み奇行が多かった。主要作品『陶淵明詩巻』『草書唐詩五言屏風』。

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日本大百科全書(ニッポニカ)の解説

北島雪山
きたじませつざん
(1637―1698)

江戸初期の書家。肥後熊本の人。医者北島宗宅(そうたく)の二男。通称は三立(さんりゅう)、雪山はその号。ほかに雪参(せつざん)、花谿子(かけいし)、蘭隠立(らんいんりゅう)、蘭山人などと号した。幼時、熊本妙永寺の図南堂日収(となんどうにっしゅう)より書を学んだという。のち長崎に赴き、黄檗(おうばく)宗の布教のため来朝していた独立性易(どくりゅうしょうえき)(1596―1672)、即非如一(そくひにょいち)(1616―71)について書法と陽明学を学んだ。一時細川家に仕えたが罷免され、1677年(延宝5)黄檗僧と同伴して江戸に赴き、青山海蔵寺に入り、のち室町浮世小路の寓居(ぐうきょ)に移った。雪山の書は元(げん)の趙子昂(ちょうすごう)や明(みん)の文徴明(ぶんちょうめい)の筆法を根幹としており、細井広沢(こうたく)らにその書法を伝え、江戸では天和(てんな)年間(1681~84)を中心に大いにもてはやされた。唐様(からよう)書道の祖として尊重されるが、その先駆として大きな役割を果たした。奇行に富んだ生涯で、生来の酒好きから多くの逸話が伝えられる。[島谷弘幸]

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世界大百科事典内の北島雪山の言及

【書】より

…鎖国下にあって長崎は唯一の外来文物の門戸で,長崎を中心に新しい明代の書が取り入れられた。北島雪山は医を志して長崎におもむき,ここで明人兪立徳(ゆりつとく)から明代の文徴明の筆法を初めて授けられ,江戸時代の唐様の先駆として迫力ある大字作品を書いている。その門下細井広沢は江戸において唐様発展に力を尽くし,唐様の基本的な著述をも出した。…

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