細竹村(読み)ほそだけむら

日本歴史地名大系 「細竹村」の解説

細竹村
ほそだけむら

[現在地名]黒磯市細竹

東は岩崎(いわさき)村、西は赤淵(あかぶち)村、北は那珂川を隔てて原(はら)村枝村室野井(むろのい)村(現那須郡那須町)。南には入会原野大輪地(おおわじ)原が広がる。那須野ヶ原の北部に位置し、那珂川は谷底を流れるため水利に乏しい。飲用水は主として井戸を利用。初め那須藩領、寛永二〇年(一六四三)から幕府領。同年の両弥六村年貢割付状(室井昭文書)に村名がみえる。元禄一四年(一七〇一)の村明細帳(同文書)では本田分三石余は上畑二反余・中畑七畝余・下畑二反余、新田分六石余は上畑一反・中畑二反余・下畑一町四反余。明和九年(一七七二)穴沢(あなざわ)用水の分水が引かれ、一部の地区で飲用に利用された。文政五年(一八二二)の村明細帳(同文書)では反別三町七反余はすべて畑で、この永は二貫一六九文余。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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