コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

美玉三平

美術人名辞典の解説

美玉三平

幕末の勤王家。薩摩藩士。本名は高橋裕次郎、名は親輔、号は雷西・天恩。通称は、安麿。脱藩して長州に赴き、文久2年寺田屋事件に連座、翌年沢宣嘉を盟主但馬農兵隊を組織して生野の代官所を占拠するが、幕府軍の攻撃で戦死。文久3年(1863)歿、42才。贈正四位。

出典 (株)思文閣美術人名辞典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

美玉三平 みたま-さんぺい

1822-1863 幕末の武士。
文政5年生まれ。薩摩(さつま)鹿児島藩士。尊攘(そんじょう)運動にくわわり,寺田屋事件に連座して藩邸にとらわれたが脱出。但馬(たじま)(兵庫県)の庄屋中島太郎兵衛らの農兵組織運動に協力し,平野国臣と生野に挙兵したが,文久3年10月14日敗死。42歳。本名は高橋親輔。通称は祐次郎。『美玉三平経歴日記』がある。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

美玉三平の関連キーワード清河八郎生野の変

今日のキーワード

隗より始めよ

《中国の戦国時代、郭隗(かくかい)が燕(えん)の昭王に賢者の求め方を問われて、賢者を招きたければ、まず凡庸な私を重く用いよ、そうすれば自分よりすぐれた人物が自然に集まってくる、と答えたという「戦国策」...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android