羽津里井庄(読み)はつりいのしよう

日本歴史地名大系 「羽津里井庄」の解説

羽津里井庄
はつりいのしよう

三箇院家抄(内閣文庫蔵大乗院文書)に城上(しきのかみ)郡として「五羽津里井庄大乗院十町七反 五町三反 分米四十二石九斗三升」とある。羽津里井庄は興福寺大乗院領荘園である。また同文書には別に「ハツリヰ、名田・間田反銭事」とある。このうち名田と考えられるのは「九反太郎名、名田」「九反太郎次郎名」「八反半次郎太郎名」「八反半次郎太郎名」「九反□(イカ)トコノ太郎名」「九反名、太郎次郎名」であり、計五町三反となる。この六名の各面積からみると、均等名といえよう。またこの名田五町三反の分米は前記の四二石余であるが、このうちに「十石御米鵲御給」「四斗アナシ御幣料」「一石中司給」「十九石八斗給主御洗」などがあった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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