日本歴史地名大系 「耳聞山」の解説 耳聞山みみきやま 石川県:加賀市大聖寺町耳聞山[現在地名]加賀市大聖寺耳聞山町(だいしようじみみきやままち)・大聖寺新町(だいしようじしんちよう)・大聖寺松(だいしようじまつ)ヶ根町(ねちよう)亀(がめ)町の南、大聖寺川右岸の曲流地を占める武家町で、延宝元年(一六七三)の大聖寺川河道付替えにより当地の南辺を新流路が通るようになった。地名は北東にある小丘陵の名によるもので、耳聞山には菅生石部(すごういそべ)神社の末社耳聞堂があったという(加賀志徴)。天明六年(一七八六)の大聖寺絵図には南端の新流路沿いに「良吾(悟)屋敷」とあり、八〇家余の中・上級藩士の屋敷を記す。良悟屋敷とは大聖寺藩前田家菩提所実性(じつしよう)院四世無得良悟が元禄七年(一六九四)退隠して住んだ可睡(かすい)庵(のち野水庵と改称)があったことによる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by