能座村(読み)のうざむら

日本歴史地名大系 「能座村」の解説

能座村
のうざむら

[現在地名]養父町能座

町(まち)村の西、建屋(たきのや)谷の西に連なる山並の麓に位置し、集落は北側の谷に能座、東側の谷に小畑(おばた)の二つがある。江戸時代は幕府領(寛永一六年知高帳・宝暦七年但馬国高一紙、「但馬国高附郡訳手控」岡田家文書など)。寛永一六年(一六三九)の知高帳では高一五六石余、天保郷帳では高一五九石余。宝暦二年(一七五二)には家数四九・人数一九七(「村覚書」建屋区有文書)。耕地の少なかった当村では山稼などの農間余業に依存する割合が高かったと考えられ、江戸時代後期には山林利用に関係した紛争が多くみられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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