自見名(読み)じみみよう

日本歴史地名大系 「自見名」の解説

自見名
じみみよう

東浜ひがしはまひとまつ宮夫みやぶ下池永しもいけなが・上池永・合馬おうま辺りに散在したと推定される中世名。史料上では当名は大神宮守所領野仲のなか今永いまなが名内に成立した自見名と大家・野仲両郷内に成立した自見名(田部氏相伝、一部宮成氏領)の二様がみえる。さらにのちには宇佐宮御炊殿灯油料所の本自見ほんじみ名と今自見いまじみ名とに分割され、時代によってまた領有も異なるなど複雑で、名の実態を把握できない点も多い。文明一六年(一四八四)二月二五日の万徳坊領田畠坪付惣帳(到津文書)によると、下毛大家おおえ郷・野仲郷内の今自見名は田地一一町五反余、うち八町は本自見として別知行、畠地四町八反と塩屋二面からなっていて、合馬を中心として散在し、本自見名は宮夫・下池永の低湿地を中心として散在した。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む