臼場村(読み)うすばむら

日本歴史地名大系 「臼場村」の解説

臼場村
うすばむら

[現在地名]北茨城市華川はなかわ町臼場

花園はなぞの川の左岸に位置し、ほぼ山地で、西は中妻なかづま村。「松岡地理志」によると古くは臼庭うすば村とともに一村で「臼庭村」と称し、のち「薄葉村」と記したという。元和八年(一六二二)上薄葉かみうすば村・下薄葉村に分れ、のち上薄葉村を臼場村と改めた(多珂郡地理考)元禄郷帳に「臼場村」とみえる。元禄(一六八八―一七〇四)以降天領旗本領の五給支配地となった。「各村旧高簿」による幕末期の天領は一二二石余、宮崎・秋山・渥美一色の四旗本領は各六〇石余となっている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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