興野々村(読み)おきののむら

日本歴史地名大系 「興野々村」の解説

興野々村
おきののむら

[現在地名]広見町興野々

広見川と三間みま川が吉野川に合流する地域に位置する。北は岩谷いわや村、南は出目いずめ村に接する。

慶安元年伊予国知行高郷村数帳(一六四八)宇和郡の項に「奥野ノ村 茅山、川有」と村名がみえるが、「吉田古記」には「沖野々村」と表記される。吉田藩領。

太閤検地石高は七三一石六斗八升三合で、正保検地では七九六石九斗六升となっている。

「吉田古記」によると、当村の一宮大明神には経筒と考えられる「赤かね輪筒」があり、その中の法華経一部書写の巻本に永正一一年(一五一四)七月の日付と「施主源利有、正、妙戒」の名がみえる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

乞巧奠〈公事十二ケ月絵巻〉〘 名詞 〙 陰暦七月七日の行事。乞巧は技工、芸能の上達を願う祭。もと中国の行事であるが、日本でも奈良時代以来、宮中の節会(せちえ)としてとり入れられ、在来の棚機津女(たなば...

乞巧奠の用語解説を読む