芝寿命院上ヶ屋敷(読み)しばじゆみよういんあげやしき

日本歴史地名大系 「芝寿命院上ヶ屋敷」の解説

芝寿命院上ヶ屋敷
しばじゆみよういんあげやしき

[現在地名]港区芝(しば)五丁目

芝田(しばた)町一丁目・同二丁目付近にあった片側の拝領町屋。文政町方書上によると、東は幕臣邸地、西は出羽山形藩水野家中屋敷、南は芝田町一丁目および同二丁目、北は小普請組支配早川庄次郎屋敷。もとは黒田甲斐守の屋敷があったが、正徳三年(一七一三)に南部が寄合医師秦寿命院の拝領屋敷となった(沿革図書)。享保二〇年(一七三五)同人は神田岸(かんだきし)町(現千代田区)に拝領地引替えとなり、上屋敷となったところが天英院(七代将軍徳川家継生母)鉄砲洲(てつぽうず)屋敷(現中央区)の番人や仕丁六人の拝領屋敷となった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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