花熊城跡(読み)はなくまじようあと

日本歴史地名大系 「花熊城跡」の解説

花熊城跡
はなくまじようあと

[現在地名]中央区花隈町

兵庫津の北東に隣接してあったとされるが、遺構は全く残らない。鼻熊(信長公記)・花隈・花隅とも。織田信長石山本願寺(大坂御坊)と毛利氏の連絡を断つため荒木村重に命じて築城させたと伝え、時期は永禄一一年(一五六八)、もしくは天正二年(一五七四)頃と推定されている。天正六年一〇月、村重の謀反が明らかとなり、同年一一月二八日には村重一族の荒木志摩守の立籠っていた当城が信長の手勢に囲まれ城下の兵庫に攻め込まれている(信長公記)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

冬に 4日間暖かい日が続くと 3日間寒い日が続き,また暖かい日が訪れるというように,7日の周期で寒暖が繰り返されることをいう。朝鮮半島や中国北東部の冬に典型的な気象現象で,日本でもみられる。冬のシベリ...

三寒四温の用語解説を読む