20世紀日本人名事典 「芳賀仞」の解説
芳賀 仞
ハガ タカシ
昭和期の紙芝居画家,漫画家
- 生年
- 明治42(1909)年1月1日
- 没年
- 昭和38(1963)年12月29日
- 出生地
- 宮城県石巻市
- 学歴〔年〕
- 東北学院中等部〔昭和2年〕中退
- 経歴
- 家業の手伝いのかたわら独学で油絵を描く。昭和4年頃上京し、紙芝居の絵を描いて生計をたてつつ太平洋美術学校で学ぶ。6年頃日本児童画劇家協会で紙芝居制作の中心メンバーに。豊島区のプロレタリア美術研究所第5期生としてプロレタリア美術同盟の活動に携わり、たびたび検挙される。17年石巻へ疎開し、村上造船の青年学校教師、石巻商業学校の美術教師に。20年タバコや文具などの店を営むかたわら絵を教える。日本共産党に入党。26年ストックホルムアピールの署名運動に人形劇や紙芝居で参加。石巻市内の美術愛好家で赤土会を結成。この頃、小学生向けの雑誌に「森のクマ王」「進めガンタロ」を連載。「鳥の学校」「けものの生活」「二宮金次郎」「トムとハックの大冒険」などを出版。32年再び上京。33年高野てつじと童映スタジオを作り、スライドの原画、カット、挿絵、漫画などの仕事をする。35年頃、永松武雄のグループに入り、その後は造形集団でカット、挿絵などに従事。
出典 日外アソシエーツ「20世紀日本人名事典」(2004年刊)20世紀日本人名事典について 情報