若きウィーン(読み)わかきうぃーん(その他表記)Jung-Wien

日本大百科全書(ニッポニカ) 「若きウィーン」の意味・わかりやすい解説

若きウィーン
わかきうぃーん
Jung-Wien

1890年代前半のウィーンにおいて用いられた文学的呼び名。元来は、当時相次いで頭角を現してきたホフマンスタール、シュニッツラー、ベーア・ホフマン、レオポルト・アンドリアンなど若い詩人・作家を称して批評家ヘルマン・バールが「若きオーストリア」と命名したのに始まる。フランスの象徴主義や悪魔主義、印象派の影響を受け、デカダンスと享楽主義の時代思潮に鋭敏に反応して、心理性の強い唯美主義的な作品を発表。ホフマンスタールの『ティツィアンの死』やシュニッツラーの『アナトール』などの問題作を生み出した。緩やかな共通性に基づく集団であって、やがて各人が独自の道を歩み出して解消した。

[池内 紀]

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

関連語 池内紀

アジア諸国の友好と平和促進とを目的としたスポーツ大会。第1回は1951年にインドで開催。原則としてオリンピックの中間年に行われる。主催はアジア‐オリンピック評議会。→アジア冬季競技大会...

アジア競技大会の用語解説を読む