若狭郷屋村(読み)わかさごうやむら

日本歴史地名大系 「若狭郷屋村」の解説

若狭郷屋村
わかさごうやむら

[現在地名]南陽市若狭郷屋

吉野よしの川中流右岸に位置し、北は蒲生田かもうだ村。吉野川扇状地の湧泉帯で、旧河道にあるため地下約一メートルで砂利層となり、良水が得られる。字北河原きたかわらの若狭郷屋清水はどんな旱魃にもかれたことがないという(沖郷村史)。南の郡山こおりやま村の分村といわれ、蒲生氏高目録帳では郡山の村高に入っている。近世初期の邑鑑に若狭小屋村とあり、高三〇〇石余、免二ツ二分、家数一四(うち役家三・肝煎一)、人数四六。寛永八年分限帳によると、若狭村に給地のある家臣が一名いる。上杉領村目録によると高四三一石余、本免二ツ八分。反別は田二四町五反余・畑六町七反余、家数一八・人数八三、馬一六。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

梅雨の季節に入ること。つゆ入り。毎年6月中旬~7月中旬の約1ヵ月間,九州から東北地方は梅雨の季節に入る。これは,北方のオホーツク海高気圧と南方の小笠原高気圧とに挟まれて,揚子江流域から九州,四国,本州...

入梅の用語解説を読む