日本歴史地名大系 「茂右衛門分村」の解説 茂右衛門分村もえもんぶんむら 群馬県:前橋市茂右衛門分村[現在地名]前橋市公田町(くでんまち)利根川左岸にあり、北は公田村、北東は下佐鳥(しもさどり)村、東は龍門(りゆうもん)村、南は下公田村。寛文郷帳では公田村に含まれており、元禄郷帳に「公田村分れ」として高二九二石三斗余とある。元禄二年(一六八九)の田一四町五反余・畑七町九反余(「検地帳」前橋市教育資料館蔵)。寛延二年(一七四九)の村明細帳(公田町有文書)によれば、高三〇九石八斗余、田方一四町五反余・畑方一一町三反余、田のうち一町一反余は「村厄介田」である。名主は公田村名主の兼帯。家数四一、人数男九二・女七一、馬七。近世後期にも公田村と名主兼帯で、生活も共同の部分が多かったと思われる。 出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報 Sponserd by