茂呂宿村(読み)もろじゆくむら

日本歴史地名大系 「茂呂宿村」の解説

茂呂宿村
もろじゆくむら

[現在地名]岩舟町和泉いずみ

駒場こまば村の東に位置し、例幣使街道が通る。北は中島なかのしま村、東は沖島おきのしま村、南は西赤塚にしあかつか村・富士山ふじやま新田。慶安郷帳に村名がみえ、田二五九石・畑二一八石余・野一三石余、旗本松田知行分三四一石余・北条知行分一四九石余。元禄郷帳では下総古河藩領、改革組合村では旗本土岐領、以後幕末まで同じ。天保年間(一八三〇―四四)の家数六四(改革組合村)。寛文三年(一六六三)富田とみだ宿(現大平町)増助郷を勤めている(「富田宿寄人馬帳」福島茂文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

〘 名詞 〙 春の季節がもうすぐそこまで来ていること。《 季語・冬 》 〔俳諧・俳諧四季部類(1780)〕[初出の実例]「盆栽の橙黄なり春隣〈守水老〉」(出典:春夏秋冬‐冬(1903)〈河東碧梧桐・高...

春隣の用語解説を読む