茂無部村(読み)もなしべむら

日本歴史地名大系 「茂無部村」の解説

茂無部村
もなしべむら

[現在地名]山越やまこし郡八雲町栄浜さかえはまなど

もり町との境を流れる茂無部川流域にある村。野田追のだおい場所に含まれていたが、寛政一二年(一八〇〇)「ノタヲイ迄」が「村並」とされ(休明光記附録)、天保郷帳に落部おとしべ持場として「茂無部」とみえる。毛無辺(駅路抵記)などとも記される。明治初年渡島国茅部かやべ郡落部村に編入された。

「蝦夷商賈聞書」に「ヲトシ部・モナシ部・野田ヲイ、此三ケ所新井田権之助殿御預リ」、「蝦夷草紙別録」には「モナシベ場所、新井田伊織給所」とみえ、松前藩重臣新井田氏の知行所で、場所内の主要地であったと考えられる。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

貨幣 (名目) 賃金額を消費者物価指数でデフレートしたもので,基準時に比較した賃金の購買力を計測するために用いられる。こうしたとらえ方は,名目賃金の上昇が物価の上昇によって実質的には減価させられている...

実質賃金の用語解説を読む