茅渟道(読み)ちぬのみち

日本歴史地名大系 「茅渟道」の解説

茅渟道
ちぬのみち

大和から河内国南部を東西に通り茅渟(のちの和泉国)に至る古代の道で、大和飛鳥地方北部から横大路を西進し、竹内たけのうち峠を越えて現太子たいし町に入り、石川を渡って現富田林とんだばやし喜志きしから羽曳野はびきの丘陵を横断し、現美原町平尾ひらおへ出て同町黒山くろやまを通過し、現堺市関茶屋せきちやや付近を経て現和泉市府中ふちゆうへ至るルートが有力視されている。飛鳥から奈良盆地を通り、金剛山と葛城山の間にある現千早赤阪ちはやあかさか村の水越みずこし峠を越えて石川の平野部に出、羽曳野丘陵を越えて和泉市に至るルートとする説もある。「日本書紀」大化五年(六四九)三月二四日条に「天皇、乃ち軍を興して、大臣の宅を囲まむとす。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

初冠,加冠,烏帽子着ともいう。男子が成人し,髪形,服装を改め,初めて冠をつける儀式。元服の時期は一定しなかったが,11歳から 17歳の間に行われた。儀式は時代,身分などによって異なり,平安時代には髪を...

元服の用語解説を読む