草地庄(読み)くさじのしよう

日本歴史地名大系 「草地庄」の解説

草地庄
くさじのしよう

広瀬ひろせ川の右岸、現草地地区一帯に比定される。来縄くなわ郷内に成立した庄園。本家は山城石清水いわしみず八幡宮。領家は八幡宇佐宮神宮寺の弥勒寺。文治二年(一一八六)四月一三日の後白河院庁下文案(益永家記録)にみえる豊後国浦部うらべ五箇庄の一つ。この一五ヵ庄は「慈尊薩御願、累代聖主勅免庄園也」とある勅免庄で、その所当・地利は恒例の仏神事・寺家修理の用途に充てられるという(同下文案)。承久二年(一二二〇)一二月、当庄は本家石清水検校祐清と考えられる某から寿持姫に譲与されている。鎌倉期のものと推定される弥勒寺喜多院所領注進状(石清水文書)によると当庄は二五町で、供米は二斗(年月日未詳「弥勒寺領諸庄供米注文」永弘文書)。文治年中に作成利用された宇佐宮仮殿地判指図(宇佐神宮蔵)によると、宇佐宮に対する豊後一国役として若宮西生枝垣一七間のうち一間を負担している。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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