草地村(読み)くさじむら

日本歴史地名大系 「草地村」の解説

草地村
くさじむら

[現在地名]豊後高田市草地 焼野(やけの)・門(かど)・向(むかい)・近広(ちかひろ)・本村(ほんむら)・古城(ふるじよう)・畑(はた)・長添(ながそえ)・黒松(くろまつ)・芝場(しばば)・猫石(ねこいし)・米山(こめやま)

雷(いかずち)村・荒尾(あらお)村などの北に位置し、南を広瀬(ひろせ)川、北を赤坂(あかさか)川が東流する。中世は草地庄に含まれた。江戸時代の領主の変遷は高田(たかだ)村に同じ。小倉藩元和人畜改帳に村名がみえ、高一千二八五石余、ほかに矢原(やばる)村(佐野村内)からの出作分として当村内に二四石余がある。家数一四〇(うち百姓四八・山守七、名子や・庭や・うらや・牛屋八四)・人数二九四(うち百姓四八・名子二五・坊主一)、牛三八。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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