荒北村(読み)あらきたむら

日本歴史地名大系 「荒北村」の解説

荒北村
あらきたむら

[現在地名]栗源町荒北

沢(さわ)村の東、栗山(くりやま)川上流の右岸に位置し、南は苅毛(かりけ)村。慶長四年(一五九九)の荒北之郷御縄打水帳(荒北区有文書)では反別は田二八町八反余・畑六町九反余・屋敷五反余、屋敷数二二。正保二年(一六四五)の新畑検地帳(同文書)によると、高七石余が打出された。元禄一三年(一七〇〇)頃の下総国各村級分では高四九二石余、旗本大久保領で、同領のまま幕末に至る(文政五年「油田牧村高帳」佐伯家文書など)。元禄一四年には新畑高二二石余・反別三町三反余が打出されている(「検地帳」荒北区有文書)。年貢米は佐原河岸から津出しした(文化一一年「相渡申運送証文」同文書)。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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