荒川番所跡(読み)あらかわばんしよあと

日本歴史地名大系 「荒川番所跡」の解説

荒川番所跡
あらかわばんしよあと

太井おおい村荒川にあった五分一運上取立番所で、設置された時期は明確でないが寛文四年(一六六四)頃と考えられる(南関東近世初期文書集、明治三年四月「荒川番所置居(据)願書」相模原市角田文書ほか)。津久井道が隣村中沢なかざわ(現城山町)に通ずる相模川の渡河点にあり、番所面積は享保一九年(一七三四)の村明細帳(県史七)に「五分一御番所屋敷」として六畝二一歩(中畑二畝一四歩、下畑二四歩、屋敷三畝一三歩)とある。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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