菅沢丁(読み)すえざわちよう

日本歴史地名大系 「菅沢丁」の解説

菅沢丁
すえざわちよう

[現在地名]角館町田町上丁(たまちかみちよう)・田町下丁(たまちしもちよう)

給人町だがほかの侍屋敷町と違い、外町東端にある。西は岩瀬(いわせ)町・下新(しもしん)町など外町に接する。北の竹原(たけはら)町との間に寺が並ぶ。菅沢町(すえざわまち)ともよんだ。菅原町と記されることもあった。

今宮氏の組下七〇家ほどが居住したが、今宮氏が特殊な武士であったため離れた町に居住したと思われる。今宮氏は常陸時代に佐竹氏から分家し、修験道に入り、その後代々聖護院派の関八州総頭領であり、永禄年間(一五五八―七〇)佐竹義重から士卒を預けられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

東日本大震災を受け2011年6月に成立した津波対策推進法で、故事「稲むらの火」にちなみ、11月5日と定めた。江戸時代の1854年11月5日(旧暦)、安政南海地震で大津波が発生。現在の和歌山県広川町で...

津波防災の日の用語解説を読む