菅沢丁(読み)すえざわちよう

日本歴史地名大系 「菅沢丁」の解説

菅沢丁
すえざわちよう

[現在地名]角館町田町上丁たまちかみちよう田町下丁たまちしもちよう

給人町だがほかの侍屋敷町と違い、外町東端にある。西は岩瀬いわせ町・下新しもしん町など外町に接する。北の竹原たけはら町との間に寺が並ぶ。菅沢町すえざわまちともよんだ。菅原町と記されることもあった。

今宮氏の組下七〇家ほどが居住したが、今宮氏が特殊な武士であったため離れた町に居住したと思われる。今宮氏は常陸時代に佐竹氏から分家し、修験道に入り、その後代々聖護院派の関八州総頭領であり、永禄年間(一五五八―七〇)佐竹義重から士卒を預けられた。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む