萌別村(読み)もえべつむら

日本歴史地名大系 「萌別村」の解説

萌別村
もえべつむら

[現在地名]勇払ゆうふつ鵡川町字米原よねはら・字花岡はなおか・字春日かすが・字宮戸みやと

明治初年(同二年八月から同六年の間)から大正四年(一九一五)三月までの村。勇払郡の東に位置し、西は鵡川村井目戸いもつぺ村、北東は生鼈いくべつ村、南東は日高国沙流さる郡に接し、村内中央を鵡川が西流する。明治六年(一八七三)六月の「胆振国地誌提要」にアイヌ一一戸・四一人(男一八・女二三)のモヱヘツ村、アイヌ一〇戸・三三人(男一四・女一九)のカナヱ村、アイヌ二戸・九人(男三・女六)のヲサンフ村、アイヌ五戸・一九人(男一二・女七)のキリカツ村がみえ、同年八月この四村を統合して萌別村とすることを決定(「勇払往復」道立文書館蔵簿書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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