鵡川村
むかわむら
[現在地名]勇払郡鵡川町字田浦・字二宮・字豊城・字宮戸・字汐見・福住町・青葉町・大原町・花園町・末広町・大成町・文京町・美幸町・松風町・洋光町・若草町・駒場町・晴海町
明治初年(同二年八月から同六年の間)から大正四年(一九一五)三月までの村。勇払郡の東に位置し、西は入鹿別川、北は山林地帯を境にそれぞれ厚真村(現厚真町)、東は井目戸村・萌別村に接し、南西は太平洋に臨む。村内東側を鵡川が流れる。明治六年(一八七三)六月の「胆振国地誌提要」に三戸(平民一・アイヌ二)・一〇人(平民の男三人は寄留、アイヌは男三人・女四人)の鵡川フト村、アイヌ一四戸・七一人(男四〇・女三一)のチン村がみえ、同年八月この二村を統合して鵡川村とすることを決定(「勇払往復」道立文書館蔵簿書)。
鵡川村
むかわむら
大正四年(一九一五)四月から昭和二八年(一九五三)三月までの勇払郡の村。鵡川村・井目戸村・萌別村・生鼈村が合併して、大正四年四月一日に二級町村鵡川村として成立。旧村を継承した四大字を編成。同五年に村営賭場設置。同七年鵡川電灯会社が設立され、市街地一部で点灯、木工場にも電力供給され、翌八年には鵡川市街全域と大字井目戸村の一部にも点灯。同年仁立内小学校(現二宮小学校)開校。大正一一年北海道鉱業鉄道(同一三年北海道鉄道と改称)金山線の沼ノ端(現苫小牧市)―生鼈間が開通し、当村内に上鵡川駅・萌別駅、芭呂沢駅(貨物駅)・生鼈駅が開業。
出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報
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