萩森城跡(読み)はぎもりじようあと

日本歴史地名大系 「萩森城跡」の解説

萩森城跡
はぎもりじようあと

[現在地名]八幡浜市大平

大平(おおひら)の東標高約二〇〇メートルの山にあり、砦跡らしい平坦地がある。

「宇和旧記」によれば、大洲(おおず)屋形の宇都宮清綱は嫡子豊綱に大洲城を譲り、次男房綱・三男吉之允を連れて、八幡浜萩森城に隠居して萩森殿と称し、保内(ほない)郷の内七千八〇〇石を知行した。房綱家来侍帳に八一人の旗下衆が列挙されている。また「宇和旧記」は一説として、大洲城主は宇都宮総州(法名異賢)で、嫡男が豊綱、次男が房綱で、豊綱に大洲城を譲ったという。

宇都宮氏について、「予章記」は宇都宮朝綱が梶原景時を射殺した功で喜多(きた)郡を与えられたともいい、「西国太平記」は関東の宇都宮公綱が足利尊氏から伊予国を賜り、大洲城にいたことに始まるという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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