蒲田別符(読み)かまたべつぷ

日本歴史地名大系 「蒲田別符」の解説

蒲田別符
かまたべつぷ

鎌倉期にみえる別符。現蒲田辺りに所在したと考えられる。文治三年(一一八七)八月の筥崎大宮司分坪付帳(田村文書/鎌倉遺文一)のうち「糟屋西郷・那珂西郷両郷坪付事」に「奥行取之分、十三丁、かまたの別符」とあり、筥崎宮領であった。弘安九年(一二八六)閏一二月二八日の蒙古合戦并岩門合戦勲功地配分注文(比志島文書/鎌倉遺文二一)では、土々呂木七郎家基に「筑前国蒲田別符倉永名」が与えられている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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