蔵井村(読み)くらいむら

日本歴史地名大系 「蔵井村」の解説

蔵井村
くらいむら

[現在地名]大平町蔵井

富田(とみだ)村の東、南流する永野(ながの)川東岸に立地する。北は土与(どよ)村と接する。史料上は倉井村ともみえる。慶長一四年(一六〇九)までは皆川氏領であったとみられる(延享元年「皆川歴代記」皆川又太郎文書)。慶安郷帳に村名がみえ、田五九九石余・畑一二八石余・野銭九石余(ただし都合高は七七一石余とある)で、旗本向山・能勢・矢橋・佐久間領の四給。元禄郷帳では下総古河藩領。改革組合村では常陸下妻藩領と旗本石谷・平塚・能勢領の四給で、家数五九。寛文三年(一六六三)の富田宿寄人馬帳(福島茂文書)によれば、富田宿の助郷を勤めている。享保一四年(一七二九)の用水堀普請証文(須藤喜一郎文書)によれば、十二ヵ村用水(当村ほか新井村・野田村、ほか不詳)を利用していたが、昨年の洪水のため川底が浅くなったという。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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