藤倉新田村(読み)ふじくらしんでんむら

日本歴史地名大系 「藤倉新田村」の解説

藤倉新田村
ふじくらしんでんむら

[現在地名]河東町八田はつた

藤倉村の東約一〇町、会津盆地山際に位置し、南東松窪まつくぼ(現会津若松市)。寛文七年(一六六七)の開村で、「藤倉新田開発、三日町々人荒木彦太夫罷出候」とある(八田家文書)。荒木彦太夫はもと信州高遠たかとお(現長野県高遠町)城主保科家の家臣であったが、若松三日みつか町に移住し藤倉山周辺の原野を開発した。宝永三年(一七〇六)には高四一石余(「御国中郡分村付組切覚帳」鈴木家文書)

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

新暦の 4月後半から 5月の,梅雨前に日本列島が大きな移動性高気圧に覆われたときの晴天。発現期間は短い。もともとは旧暦 5月が梅雨にあたることから,梅雨の晴れ間の意味で,梅雨晴れ(つゆばれ)とも呼ばれ...

五月晴れの用語解説を読む