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藤原斉信 ふじわらの ただのぶ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

藤原斉信 ふじわらの-ただのぶ

967-1035 平安時代中期の公卿(くぎょう),漢詩人。
康保(こうほう)4年生まれ。藤原為光の次男。母は藤原敦敏の娘。長徳2年(996)参議。のち正二位にすすみ,大納言となる。朝儀にあかるく,一条朝の四納言にかぞえられた。詩は「本朝麗藻」などにはいっている。長元8年3月23日死去。69歳。名は「なりのぶ」ともよむ。

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朝日日本歴史人物事典の解説

藤原斉信

没年:長元8.3.23(1035.5.3)
生年:康保4(967)
平安中期の公卿で歌人。名は「なりのぶ」ともいう。太政大臣為光と藤原敦敏の娘の子。長徳2(996)年参議となり,5年後には兄の誠信を越えて権中納言に進んだ。『大鏡』によると,兄は貪欲で人望がなく,自分が任官したいばかりに弟斉信に中納言の申請をやめさせた。しかし,道長から誠信に見込みのないことを告げられ,人望の厚い斉信は中納言を申請し,これに任じられた。恨んだ兄は悶死したという。寛仁4(1020)年大納言に進む。道長の信任も厚く,その娘の彰子,威子の中宮大夫や外孫敦成親王(のち後一条天皇)の東宮大夫を務めた。手紙のやりとりをしたのち頭中将斉信と対面した清少納言は,その輝くばかりの直衣姿をみて「物語などに素晴らしい描写のある貴公子とはこのことか」と感嘆している(『枕草子』)。朝儀に明るく一条天皇下の四納言のひとり

(朧谷寿)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典 第2版の解説

ふじわらのただのぶ【藤原斉信】

967‐1035(康保4‐長元8)
平安中期の廷臣。太政大臣為光の次男。981年(天元4)叙爵,994年(正暦5)従四位上左近衛中将で蔵人頭となる。996年(長徳2)参議,のち正二位大納言に至った。朝儀に明るく,道長時代の名臣で四納言の一人。道長の信任厚く,道長の女彰子,威子の中宮大夫,外孫敦成親王(後一条)の東宮大夫を兼ねた。1001年(長保3)同母兄誠信を越えて権中納言となり,誠信を憤死させた話は有名。【黒板 伸夫】

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